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「左は世界を制す」や「ジャブというよりストレート」ってのは常套句だが、言葉が先行するのはボクシングばかりじゃない。「初心忘るべからず」も「継続は力なり」も「歩行者優先」も、案外難しい。有意義で効果絶大で、だけどかだからか、実践は困難で、それだから言葉として残る。
わかっちゃいるけど、なかなかできないのよね。ちょっと前の話だけど、1月の榎洋之(vs.金井)を見れば、ジャブの効用は一目瞭然。
ジャブって、好きなパンチなんだなあ。
左ジャブを出すと相手が右を合わせてくるとか、ジャブの返りぎわに右を狙い打たれるとか、よく解説されるけど、いいじゃん、合わせてくるなら合わせてこさせれば、打ち終わりを狙うなら狙わせれば。やれるもんならやらせればいい。
フロイド・メイウェザーみたいにクロスにかぶせてくるのがうまい選手にあたってしまったらどうにもしようがないが、それだって小さな恐怖におののいて手をこまねいているよりも、思い切って行ったほうがいい。
まっすぐな、すばやいジャブ。
わたしは傍観者だからイメージで言うんだけど、構えたグラブが軌道を見せずに次の瞬間には相手に当っている。そんなパンチだったらよけられない。死角からくるパンチは見えないって言う…そりゃそうだけど、グラブは見えていて軌道が見えないパンチのほうが、モーションはないし、いくらでも飛んでくるし、厄介だろう。
で、もう少し有名なところで印象深い試合から、ジャブについて思い当たるものを。
辰吉がシリモンコンを倒した試合の1R。あのラウンドは、辰吉が戦った幾多のラウンドの中でも五指に入る美しいラウンドだった。足を使って左・左はセオリー通りだが、観る者にとっては“ボクサー辰吉”の軌跡や心情に思いを馳せる、想像をかきたてる力があった。
坂本博之がセラノからダウンを奪った1R。坂本にとっては、世界戦で唯一、女神が微笑んだラウンドだった。不器用でもジャブ、ジャブで入っていっての右だった。誰もが勝ちを確信した。ニュートラル・コーナーからセコンドとやりとりする坂本自身が、誰よりもいちばん勝ちを確信したろう。しかし何がお気に召さなかったのか、気まぐれで酷薄な女神はすぐにそっぽを向いてしまった。
ちょっと意外なところでは、アントニオ・ターバーがロイ・ジョーンズを倒した試合。あれも勝因はターバーのジャブだった…なんてこと言うのはわたしだけか。2R、ビシッとしたジャブではなかったが、とにかくジャブを出しはじめて、ジョーンズの何かに、なんだろう、さざなみくらいの焦りや驕りが誘い出されたか、微妙な狂いを生じさせて、結果、一瞬の空間を呼び込んで、あの番狂わせが起こった…んじゃないかと。これは結末から辻褄を合わせるきらいがないでもないけどね。
以上、我が田にじゃぶじゃぶ水を引いてしまったが、競った試合の終盤で、あとは根性だとか精神力だとか言うけれど…それはそうなんだけど、鍛え抜いた選手同士が戦えばそうそうワザは決まらないし、絵に描いたような決着なんかめったにつかないんだから、初めから地道にパンチを当てていかないと、あとで取り戻そうったって、そりゃ大変だ。
ジャブは相手の心をくじく。過酷な訓練によって精緻に構築した闘争心を静かにひとつひとつ崩してゆく。鮮やかな場面が現れれば、ふいに忘れ去られてしまうこともあるけれど。
[2005/04/02 記]