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深夜の録画放送で見た。
ポートランドの海(?!)に集う魚群から躍り出た鯱が襲撃すべくは沖合にたゆたう鯨、と思いきや、それは鋼鉄の軍艦だった。それと気付いた時、後へは引けず、鯱は戦うふりで逃げ惑う。容赦ない砲撃は、凶暴な牙とアメリカの夢とをいともたやすく粉砕した。期待と歓声が驚愕と悲鳴に転じて、惨劇は終った。日本絡みではこの年最高の試合。話題のライト級最強にゴンサレス、デラ・ホーヤを抑えて、ナザロフを推す。
なんてね、当時はあてもなく書き散らしていた。ペレストロイカの風にのって、ユーリ・アルバチャコフ、スラフ・ヤノフスキーらとともにやってきたオルズベック・ナザロフ。スラフちゃんは途中で消えてしまったが、ユーリもナザロフも世界戦になってからが本当に強いなあって感じた。
ユーリのほうはちゃんとスポンサーがついて、世界戦も10年に一度というくらいの素晴らしいものだったから、そのあともまともにテレビがついたが、ナザロフは、何がどうしたのか、ちぐはぐな放送が多くて、一般の目には届かずに終わってしまった。ユーリとは試合映えの違いで、というよりも案外、ユーリの二番煎じで顔立ちもユーリに比べれば日本人ぽくないから集客に劣るという、そんなふうなメディア側の判断があったんじゃないか。
だけどやっぱり強かったなあ。ユーリもそうだけど彼らはどこで試合をしてもいつも海外奪取、海外防衛だし、ボクシングの腕前はもちろんのこと、その奥に根付いている強靭な精神みたいなものを感じたなあ。外国で勝って大騒ぎするのは日本くらいじゃないの、たまに勝つから珍しくて騒ぐんだろうけど。
ナザロフで今でも残念なのはデラ・ホーヤとやらなかったことで、これは邪推だが、デラ・ホーヤはボクサーだからやれと言われればやっただろうが、陣営がナザロフを危険と見て避けたと思う。一つ上のコンスタンチン・チュー(初めて見たときその風貌が大場政夫に似ていると思った)も同様で、デラ・ホーヤ陣営にははじめにゴールデン・ボーイというキャッチフレーズありきで、陣営はこの宣伝文句を守るために大胆かつ周到なマッチメイクをして、ボクサーもこれに見事に応えた。
デラ・ファンよ、怒るなかれ、ボクサーを貶めているわけではない。乾いたスポンジがみるみる水を吸収していくように、デラ・ホーヤはボクシングそのものを会得していった。檜舞台にあがるたびに、さらなる習得をかさねていったのは誰もが知っていること。
まあそれはさておき、オルズベック・ナザロフ。触れておかないと落ち着かないボクサーの一人だった。
くどいけれど、やっぱり何度言ってもいいと思うんだよなあ、ナザロフって強かった。
[2004/12/08 記]