トップ通販案内編集部より
EDITORS report〜編集取材記〜
Web連載掲示板ど忘れ確認用! 資料編MAIL
ボクシングジムLINKボクシング情報LINKその他LINK
■酔田振男の酔いどれ前のひとりごと■

〜『酔いどれオマージュ』をなんとなく書いた男の、ちょっとだけマジメなひとりごと…〜

vol.53 或る日


 京浜急行という私鉄がある。東京湾に沿って走る赤い電車。この電車に乗って高校へ通った。途中、金沢八景という駅で枝分かれした路線に乗り換える。神武寺(じんむじ)という駅で降りて、そこから歩いて15分だった。

 初めて見たのは、神武寺駅から金沢八景駅までの帰りの車中だった。隣に立つ野球部のSが囁いた。

「花形だ」

 何を言っているのか、すぐには分からなかった。

「花形だよ、花形」

 目顔で知らせる方を見ると、なるほど花形進その人が大人たちにはさまれて、うつむき加減で坐っている。連れはなかった。

 たぶん中間テストか期末テストの直前か最中だったと思う。でなければ野球の練習に明け暮れていたSと一緒に帰ることはなかったからだ。

 何月何日か、季節は覚えていないが期間は特定できる。昭和50年4月から10月までの、王座陥落から再戦までの間の、或る日のことだった。

 前年10月、花形進はチャチャイ・チオノイを破り世界チャンピオンになった。明けて4月、初防衛戦でエルビト・サラバリアに判定負けした。これは逆ホームタウン・デシジョンと言われた。10月に再戦したが実らなかった。いずれもテレビ東京放映で見ている。再戦のとき、花道を肩車されて登場したのではなかったか。

 その再戦の前に、初めて花形進をまじかで見た。

 神武寺駅から乗換え駅の金沢八景までは10分たらずである。金沢八景に着くと電車は急行に追い抜かれるため時間待ちをする。乗客の多くはここで下車して乗り換える。

 Sと私とそのほか数人のグループだったと思う。四両編成の上り電車が神武寺駅に到着すると、どやどやと生徒がなだれ込んで、車中は一瞬にして喧騒と化す。そこかしこでがやがや喋っている。

 Sと私は話の輪から外れて、Sは窓外を見るふりで、私は吊り革をつかんだ右腕を盾にして、地味な服装のボクサーをちらちら見ていた。

 ふいにSはボクサーのところへ歩み寄った。腰をかがめて声をかけていた。わずかな時間だった。Sは誇らしげな様子で戻ってきて、生徒手帳を開いて見せてくれた。

 世界チャンピオン 花形進

 スターのサインらしくない、変哲のない署名だった。

「なんて言ったの?」

「チャンピオンですね、ったら、おう、って言った。サインください、ったら、おう、って言って」

 興奮を抑えようとしたのか、Sが息をついたのを覚えている。

「がんばってください、ったら、おう、って。おう、おう、って、それしか言わないんだ」

 ひそひそ話しながら、なおも盗み見ると、向こうもこちらをかすかに窺っているようだった。そのときだけボクサーの目があちこち動いたような気がする。おどおどではないけれども、周囲をはばかっているような感じ。

 世界チャンピオンではなくなったのに世界チャンピオンと書いたことが印象に残っているから、或る日がいつ頃だったかわかるのである。

 まわりのおじさんやおばさんに混じっていて、生徒はおしゃべりに夢中になっていて、誰もここに世界レベルのボクサーがいることを知らないでいる、或いは気にもとめないでいる、Sと私を除いては。

 そう思い込んで気持をたかぶらせていたはずだ。Sが羨ましくもあったけれど。

 電車は金沢八景に着いて、乗換えのため私たちは降りた。間際、もう一度見ると、ボクサーは坐ったままだった。

 その後何度か神武寺駅で見かけた。そこらの人と変わらない、普通の恰好だった。奥さんと連れ立っているところも見た。奥さんのほうが大きかった。

 生来の人見知りでとうとう声をかけられずに高校をおえたことは残念だった。

 引退後、ジム会長としてボクシング会場やテレビで見るが、現役の頃にくらべて、さっぱりした元気な様子に見受けられて、ほのぼのした気分になる。星野敬太郎という世界チャンピオンも輩出した。

 いつかお会いして、あのときのことを話してみたい。

 覚えてねーなー、なんて笑うかしら。

 旧い友から聞いた話。

[2004/09/22 記]



ご意見、ご感想はこちら
トップに戻る