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■酔田振男の酔いどれ前のひとりごと■

〜『酔いどれオマージュ』をなんとなく書いた男の、ちょっとだけマジメなひとりごと…〜

vol.50 闇


 忘れ去られてしまったことや気づかれずに過ぎてしまったことで、何かの折に話してみようかと胸に秘めている試合や選手や場面て、ありませんか。

 べつに自慢しようというんじゃありません。ずっと引っかかっていて、もしかしたらとんでもない勘違いかもしれない、はたから見ればどうってことない、取るに足らない、そんなたぐいのことでもいいんですが、そんなのってありませんか。

 そのひとつを紹介します。

 佐藤仁徳という日本ウエルター級のチャンピオンがいました。手元の「日本プロボクシングチャンピオン大鑑」を見ると、戦績は27戦25勝(23KO)2敗になっています。日本タイトル10度防衛ののち返上引退しています。オールドファンには懐かしい名前かもしれません。敗戦は吉野弘幸と韓国の朴政吾で、いずれも逆転TKOです。

 いまもって印象深いのは17戦目で東洋太平洋に挑んだ朴政吾戦です。このときの佐藤選手の戦績が16戦15勝(15KO)1敗。朴選手は27戦25勝(16KO)3敗の世界ランカー。

 1R、サウスポーの佐藤選手の右フックが朴をとらえ早くもチャンピオンがぐらつく。なおも右フックと左ストレートの連打で王者を窮地に追い込む。どちらが世界ランカーか分らない、小気味よい攻撃でラウンドを制して、迎えた2R、朴が左右フックを振って出る。開始から30秒、接近戦で突き上げた朴の右アッパーが挑戦者の顎を直撃。たちまち形勢逆転。雨あられのパンチを佐藤は顔面に浴びてレフェリーが割って入るスタンディングダウン。続行されたものの、クリンチに逃げることもなく、まともにパンチをうけて、1分過ぎタオル投入。

 この試合の印象が“闇”なんです。もうちょっと正確に言うとリング以外は闇で、その闇の中に明るいリングがあって、そこで将来を嘱望されたKOパンチャーが足をすべらせて思いもよらぬ奈落へおちた、こわいのはボクシングではなくて、ふだんは存在しないがどうかして訪れる闇のほう…。そういう印象が今でも消えません。

 佐藤選手へのわたしの思い入れや先入観はそれほどではなかったと思うのですが、いわゆる熱戦とか激闘とか名試合といったものとは別次元の、肌に冷たい、そら恐ろしい特異な印象の試合でした。舌足らずな表現で申し訳ありません。

 キャンバスに倒れることなく終わった佐藤選手は客席に辞儀をしてリングを降りました。この敗戦後、佐藤選手は国内では圧倒的強さで日本ウエルター級王者のままリングを去っています。世界戦のリングに立っていてもおかしくない選手でした。

 よくある展開の試合だと言われればそれまでなんですが、あらためて佐藤選手のキャリアを見渡してみて、やはりあそこは闇だったと独り決めしています。

[2004/08/25 記]



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