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「ダウンとられたからね、このままじゃ負けになると思ったから」
それで打ち合いにいったのか。
仮にもう一度ダウンとられても、判定になれば最終ラウンド10-7や10-6(ん? 10−6ってのはないんだっけ…)で失っても、9Rまでかなりポイントはリードしていたはずだからベルト奪還だった。そんなことを言っても仕様がないが、勝負の行方とは別に、あそこで打ち合いにいったことが今もって忘れられない。
大和田選手には連敗していたから、この試合は不利な局面をいささかでも作りたくなかったのかもしれない。
大和田戦のあと、無限川坂はウェルター級王者の坂本孝雄に挑んだが2RあっけないKO負けを喫した。緊張が緩んでしまったからだと思っていたし、本人もそれらしいことをつぶやいたが、煙草を吸いおわって店内に入ると、わざわざ待っていてくれた、これも元ボクサーの佐藤さんが坂本戦の真相を教えてくれた。
「試合前のスパーリングでね、あいつ、いいパンチもらっちゃってアゴの骨が外れたんだ。それで試合やりたくないって言ったんだけど、タイトルマッチだから、それ取りやめになるなんてカッコ悪いし、違約金とられるんだよね。それで仕方なくやったんだよ。あんなにあっさり負けちゃって、坂本も驚いた顔してたでしょ。こんなこと言うなって、あいつ、言ってるんだけどね」
この話をしている間もチャンプはまた外に出てしまって、早く帰りたそうだった。佐藤さんは続けて、無限川坂はボクサーをやめたあとのほうが実はもっと面白いと言った。今度はそれを聞きたい。けれども、どんな面白い話であっても、それをそのまま書くことはおそらくないだろう。
佐藤さんと並んで、もう一人、女性がいた。
今回の仲介をしてくださった三芝さんという元ボクサー、この方が坂本戦を前にしたスパーリングでいいパンチを当てちゃったそうだが、その方の奥さんで、昨年『さかなに なりたかった たいよう』という絵本を出版した。帰りの電車の中でその絵本を見るうちに、チャンプの故郷が長崎の五島列島だと知ったせいもあるかもしれないが、ビートルズのオクトパス・ガーデンという歌が流れてきた(車内アナウンスじゃないよ)。
わずか30分の面会だったが、たぶん、忘れないひとときになる。
後遺症もなく、体はなんともないとそこだけははっきり言ったし、この日初めて声を聞いて、ああこういう声だったんだと知りましたと言ったら、ちょっと笑ったチャンプ。人見知りで口数も少なく、あまり目を合わせてはくれなかったが、そういう人だということは会ってすぐに分ったし、だからやっぱり来てよかったと思ったし、別れ際、タクシーに乗り込んだ私のほうをチャンプが見ていたこともわかった。
それにしても、もっと早く連絡をとって会ってもらえばよかったと、いつものことだが残念に思う。
[2004/05/26 記]