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■酔田振男の酔いどれ前のひとりごと■

〜『酔いどれオマージュ』をなんとなく書いた男の、ちょっとだけマジメなひとりごと…〜

vol.38 ひとりの部屋で


 明治生まれの婆さんがいる。腰は曲がり耳も遠くなったが、今のところボケとは無縁で、週1回、ヘルパーさんが掃除洗濯に来る。8年前に爺さんが死んでからは一人暮らしで、朝に夕に神棚に灯をともしては爺さんに手を合せている。

 忙しさにかまけてというのは嘘だが、電話で無沙汰を詫びると非難の声がとめどなく噴射されて、とりあえずは元気でいることを知る。

 その婆さんがいっとき夢中になったものがある。

 国内旅行とキック・ボクシングで、旅行はご近所に同年輩の仲良しがいくたりかいて、連れ立って出掛けていた。わたしの記憶もあいまいになっているが、いつだったか、東北の山中、雫石(しずくいし)というところに旅客機が墜落した事故があり、予定ではその飛行機に乗るはずが、なにかの手違いで後発の便に乗って難を逃れた…と、これは幾度も聞かされた。

 キック・ボクシングはゴールデンタイム30分枠で毎週放映されていた。風呂上りのテレビ観戦が常で、お目当ては沢村忠だった。

 相手をロープに押しやって、反動で戻る瞬間に膝蹴りを見舞う、真空飛び膝蹴りが人気を呼んでいた。本場タイのチャンピオン・クラスと真っ向勝負を展開し、ノー・ガードで打ち合ったり、回し蹴りの応酬を見せたりして、そのたびに婆さんはひとり声をあげていた。

「おー、沢村、おー、おー、沢村、おー、でーじょーぶかぇ、おー、おー、沢村、お、あぅ、沢村、なんだよぉ、沢村、おー、おー、やられてんじゃねーかよぉ、おー、おー、沢村ぁ、おー、あー、おー、沢村ーぁ、沢村ーぁ、おぅ、おぅ、あー、おー、おー、おー」

 いつまで書いていても仕様がないが、まあこんな調子で賑やかだった。

 沢村忠の引退で、いつか人気も下火になってテレビ放送もなくなった。以後、婆さんが格闘技で騒ぐことはなかった。

 ついでながら、我がおふくろはプロレスが、好きではないんだが、反則をおかした外人レスラーが日本人レスラーの反撃にたじたじになっているさまを見ると声が出ていた。

「そーだ、そーだ、わりぃことばっかりしてる奴は、そーだ、そーだ、ぎゅーぎゅろめにしてやれ、そーだ、そーだ、もっとやってやれ、そーだ、そーだ、徹底的にやってやれ、そーだ、そーだ」

 これもいつまで書いても仕様がないことだが、婆さん同様、選手や関係者には嬉しいことだろう。

 今、K-1だが、知人の子供がテレビに釘付けだと聞いた。ボブ・サップというたぐいまれなキャラクターを得て、当分視聴率は下がらないだろうし、マイク・タイソンという次なる大物キャラクターの登場も話題になっている。

 キックとかプロレスとかボクシングとか、競技にそれぞれ名称があるのは似て非なるものだからで、本来ひとつ土俵にあがるべきではないのだが、それを“総合格闘技”と銘打って上げてしまうところに、K-1の勢いがあり、それ以外の格闘技の焦りがあるんだろうと、静まりかえった部屋で思う。

[2004/05/12 記]



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