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■酔田振男の酔いどれ前のひとりごと■

〜『酔いどれオマージュ』をなんとなく書いた男の、ちょっとだけマジメなひとりごと…〜

vol.36 尻切れトンボ


 マス席8千円と弁当土産5千円のセット切符があるからと言われて、大相撲巡業に引っ張っていかれました。体育館を借りての取組でした。幟がはためいて、観光バスが何台も連なっていました。

 相撲については結構むずかしいんですよ、わたし。不快を覚悟で自慢話から始めます。幼稚園でね、そうです、わたしが幼稚園に通っていたときのことです、ありましたよ、わたしにだって純真無垢な白糸のような心だったころが。雨の日でね、晴れていたら外で遊んだんでしょうけど、あいにくの雨で、いちばん大きな教室というかホールというか、そこへみんな集められまして、男の子だけ、すもうをやらされたんです。わたしの番になって、相手は拍子の悪いことに、今でいう悪ガキのY・Tという奴で…。みんな見てますし、その中に好きな女の子もいましたし、みんなの前で倒されて負けるなんてああいやだなあ、そう思いながら相手を見ると、奴は自信満々な様子でした。

 おわかりでしょうが、わたしは奴に勝ってしまいました。組んだ瞬間、おや、あんまり強くないなあ、ふだんは強そうに見えたけど、なんだ、たいしたことなさそうだ、たぶんそんなことを感じながら、それでも夢中で勝ちにいったんでしょう。別の小学校に行ってしまい、以来会っていないのに今でもその子の名前を覚えているのはよほど嬉しかったんでしょうね。

 それからというもの二十歳過ぎくらいまで、よく相撲をとりました。体育の授業で教師の気まぐれから相撲が始まると、内心うきうきでした。休み時間でも受けてくれそうな相手にはやたらと声をかけてやっていました。昔のことで知る人もいないでしょうから好き勝手に言いますが、敵わないなんて思った人なんかいませんでした。強い弱い、重い軽い、腕力のあるなし、そんなことは取ればすぐにわかりましたが、負ける気がしませんでした。骨のある奴と組んだときなんか愉しくてたまりませんでした。

 なんてことを喋ったら、じゃあ僕とやりましょう、五つ六つ下の当時大学生だった男の子に言われて、夜の路上で始めたんですが、かつてない圧迫感に押され気味でした。土俵だったらはっきり負けていたかもしれません。

 井の中の蛙のころ、高校生くらいでしょうね、大相撲中継を見るたびに空想していました。力士とやってみたい、ただし、いきなり頭からがつんと当られるのは勘弁してもらって、わたしの方は右の下手を引いた、がっぷりよつから始めたい、力士の力がどんなものか、投げにどれだけ耐えられるか。

 あの頃はライト・ウエイトでしたが、今じゃ、いつでもヘビー・ウエイトにもっていけるぞ! そんなていたらくですが、まぢかで力士を見ると、妄想が蘇ってきます。

 高見盛はやっぱり人気があったし、横綱は気さくで強かった。体恰好だけならあんまり見劣りもしないように思いましたが、あなたより体はきれいよね、同行の夫人にいやなことを言われました。

 K−1について書くつもりが、マクラで終ってしまいました。

 自慢話はいけません、長くなります。

[2004/04/21 記]



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