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衛星録画だったろう、1971年3月のマジソン・スクエア・ガーデンでの両者の対決はフレージャーの完勝に見えた。最終15ラウンドのアリのダウンは、フレージャーの当たるべき左フックがようやく当たったという感じだった。アリは顔色ひとつ変えずにすっと立ち上がったが、皮肉にもアリの見せ場はこれだけだったと当時思った、と思う。アリのいったいどこが凄いのか分からなかった。後年、昔のフィルムを見て、アリはリングを降りていた間に命綱ともいえる足を失っていたことを知った。
しばらくはフレージャーの天下だろうと思ったのも束の間、ジョージ・フォアマンがタイトルを強奪、嵐に吹き飛ぶあばら家のようにケン・ノートンを粉砕、これもしばらく無敵だろうと思ったが、ほどなくアリが奇跡を起こす。
以後アリを中心にボクシング界が動く。それはメディアによってボクシングが巨大ビジネスに膨れ上がってゆく黎明期でもあった。
アリは我が身に鞭打ちながら目の前の挑戦者よりも、取り巻く環境を相手に大立ち回りを演じていた。残念なのはフォアマン戦以外、とりたてて引き立つファイトがなかったことだ。マニラのスリラーにしても、フレージャーの姿が印象深い。ついでながらジョー・フレージャーというボクサーはフォアマンと二度やって歯が立たず、アリには連敗したが、この四つの敗戦にこそスモーキング・ジョーの真骨頂があると、あとから思うようになった。
聞き耳を立てる人はいないだろうが白状すると、アリ、フレージャー、フォアマン、三人の中で惹かれたのはフォアマンだった。復活を遂げる、のちのビッグ・ジョージではない。今とは似ても似つかぬ、30年前の、強面で無愛想で無双の豪腕で、非情なファイトをする、それから弾力のある奇妙なフットワークを使うフォアマンだった。日本での防衛戦では倒れた相手にパンチを見舞ったと批判された。
第I期フォアマンのラスト試合、ジミー・ヤング戦は敵意と冷笑に囲まれての戦いになった。何だろう、良し悪しは脇へどけておいて、人間のもろもろの恐ろしさを秘めたファイトだった。なあんて、わけのわからないことを口走ってしまうくらい、フォアマンの負け試合は格段に面白かった。
あらためて言う必要はないんだが、あの頃を思い起こすと気持が騒ぐ。
初めてフォアマンを知ったのはたしかNHKの昼間のニュースで、ジャマイカでフレージャーが負けたという文字だけのものだったが、世界ヘビー級タイトルの行方は逐次報告があった。
1970年代、ボクシングはヘビー級だった。アリ、フレージャー、そしてフォアマン。三人が覇権を争う濃密な時間だった。
[2004/02/18 記]