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■酔田振男の酔いどれ前のひとりごと■

〜『酔いどれオマージュ』をなんとなく書いた男の、ちょっとだけマジメなひとりごと…〜

vol.22 ざわざわ感


 胸騒ぎと言えばいいのかもしれないが、どうもね、もうひとつしっくりこない。

 いやなこと、あってはならないこと、まがまがしい臭いのすること、そんなことが起こりそうな予兆がしてきて、気持がそそけだつ、というか、もうそうなったら、気持にびっしり毛がはえて、ドン・キングの頭髪、まではいかないが、その毛が逆立って、風もないのにざわざわ揺れている、そんな感じ。夫婦のいさかいを見守るしかない子供の胸中みたいな。やっぱり胸騒ぎでいいのかなあ。

 強いはずの者が、案に相違して敗れていく、その過程に立ち会わなければならなくなり、その強いはずの者に何か寒々しい気持を推量してしまうとき。たとえば、タイソンがダグラスに負けた試合、具志堅がフローレスに負けた試合…。

 フタを開けたら実力伯仲でしのぎを削る試合や、たとえ番狂わせでも短い時間で決着がついてしまったときは、ざわざわ感はやってこない。

 見るからに痛ましい姿の者が、まともな相手とぶつからなければならず、それを見なければならないとき。千秋楽、ケガした貴乃花が花道にあらわれて、ホンワリ、決定戦と二番相撲をとった、あの長い時間。あのときもざわざわ感があった。あとでみんな感動したんだからいいじゃないかという向きもあるが、それは別の話になるから触れない。

 そうそうあることではないけれども、プロスポーツの世界で、ざわざわ感があるときは、見物はみんなざわざわ感を抱いていて、それが自分のざわざわ感をさらに助長するように思う。

 まわりくどくなったが、大場政夫のことを少し書く。テレビ観戦ばかりだが、世界戦は全部見た。

 ただ、当時も今も、世評ほど私は大場を買っていない。強いという印象がない。

 最期が衝撃だったこと、ラスト2試合がばかに派手な試合だったことで、語り継がれるボクサーになったが、ボクシングはどちらかといえば地味だったように思う。正統派のボクシングゆえ、そう映ったにすぎないのかもしれないが、私には、これといった特徴のないボクシングだった。

 ただし、チャチャイ戦の1ラウンド、あそこは、すごい「ざわざわ感」が一気にきた。今まで見たボクシングの中で、これが一番の「ざわざわ感」だった。だからなんだと言われても、返す答えはないが、どこかに書きつけておきたかったので書いただけ。

 ざわざわ感はないほうがいいが、まれにやってくる。

[2003/12/24 記]



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