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■酔田振男の酔いどれ前のひとりごと■

〜『酔いどれオマージュ』をなんとなく書いた男の、ちょっとだけマジメなひとりごと…〜

vol.13 懐かしきかな高田馬場


 若いころ高田馬場3丁目の住人だった。白夜書房さんの目と鼻のさきにいた。

 親をあざむいて学校へは行かず、朝に寝て夕に起きだす。週末はビル掃除のアルバイト、そんな日々だった。共同便所に風呂なしのアパートで、いったい何してたんだろう。

 一番風呂めざして銭湯に行ったら、きったねえなあ、と番台でおかみさんがぼやいていた。見れば、1人の御仁がいましも湯船にはいらんとするところ。絵にあるイエス・キリストのような風貌の、どう見ても乞食だった。

 早稲田通りはいつもどこかが普請中で、これはいまも変りがない。予備校、図書館、シチズンボウル、西友、ビッグボックス、芳林堂、ムトウ、ここらはそのままだが、あとはたいがい浦島太郎。

 東陽会館というパチンコ屋で、よくボクシング中継を見た。

「アリ vs スピンクス」をやっていた。

 ゴリラみたいな容貌の店員が目を光らせていて、様子をうかがいながらの観戦だった。アリは一所懸命戦っていた。

 そのパチンコ屋のちょっと脇に一杯飲み屋があり、昼は定食屋になって、小柄なお兄さんがひとりで切り盛りしていた。クジラ定食を食った。いまじゃ食えない、冷凍保存じゃない赤身の肉。

 ロイヤル小林、具志堅用高と立て続けの王者誕生劇を見たのは、近くにいた友人の三畳一間の下宿だった。テレビなかったからね。2日続けてチャンピオンが誕生、てな実況の声は忘れていない。だから具志堅の王座奪取は山梨だったことも覚えている。

 夜中に裏通り歩いていて、おまわりさんに尋問されたのは、この友人から貰いさげたテレビをかかえて帰る途中のことだった。

「念のために番号を控える」なんて言って、懐中電灯とりだして、しげしげ探っていたっけ。

 本屋でボクシングマガジンを読みふけっていたのも、このころ。海の向こうにはとてつもない奴がいると、勝手に思いを馳せていた。

 金もなく女もなく、友もさしてなかったが、今にして思えば、時間はいっぱいあった。

 高田馬場にはいまだに忘れもの借りものがある。

 忘れものを取りに、借りものを返しにゆければいいんだが。

[2003/10/15 記]



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