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拳聖である。
アリやレナードよりもはるかに好戦的で、けれども、というのか、そして、というのか、サイレントで試合を見ると、そこはなぜかジャズ・ピアノの世界だった。タップダンスを披露してご満悦の様子をうつしたものもあった。
ところで日本にもピストン堀口という拳聖がいる。
残念ながら動画を知らないので、写真や読み物で想像するしかない。
克己心の強い武道家で、勇猛果敢、猪突猛進のファイト・スタイルだったらしい。
あるとき、といってももう15年くらい前のことだが、あることで世話になった人のところへ挨拶に行った。喧嘩やいざこざがあると、すぐにおさめてしまう、村の顔役みたいな人だった。70を越えていたんじゃなかったかな。重い糖尿病と聞いていたが、会ったときも片眼が赤く、眼底出血をおこしていた。気遣いの言葉をかけたが、病院へ行ってどうたらこうたらと、ぼそぼそ言うものの、聞き取れない。
たぶん互いにさして話はないのだけれど、互いに変に気を遣って、そのうちまたごにょごにょ話しはじめて、それがなにぶん年寄りの栃木弁だから、ほとんど解読できなくて、ひたすら相鎚をうつことを考えていたところ、黒磯中学という文句が聞こえてきて、続いてピストン堀口という名前があがった。耳をすませて聞き取ろうとしたが、やはりわからない。
ピストン堀口の試合を見たんですか。
尋ねようとした矢先、がさごそ音がして、近所の腰の曲がったおばあさんがやってきた。
あれぇ、誰かと思ったら○○ちゃん(私の名前ではない)じゃあないか、しばらくだあ。そんな意味のことをたぶん、これも濃厚な栃木弁で言った。上がれとも言われず上がるとも言わず、おばあさんは、よっこらしょ、よたよたと縁側に手をついて坐りこんだ。
こんど聞いてみようと思って別れたが、ほどなく亡くなったときいて、ああ聞いておけばよかったと悔やんだ。葬式には行かなかったが、その人の名前が出るたびに悔やんでいた。実は今でも悔やんでいる。
日本の拳聖は誰にどんな思いを抱かせたのだろう。
[2003.7.23 記]