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日本のロックバンドは、やはり脆弱(ぜいじゃく)だ…。
はっきり言って、演奏中の音量は日本のバンドのときのほうがでかい。耳障りに感じるときもあるくらいだ。でも、「音が大きいだけ」なのだ。ヒステリックに音量を上げて演奏する姿の向こうに、いかんともしがたい土性骨(どしょうぼね)の貧弱さが見えてしまうのだ。瞬間的な「センス」だけを取り出してみれば感心させられるものも、多くはないが、ある。しかしそれは、表層的なものに過ぎない。
対照的なのが海外、特にアメリカのミュージシャンたちだ。PAから出る音量自体は、日本人アーティストと比べると小さい。その分、音の輪郭ははっきりと浮き上がる。それだけでなく、抑え目の音量にも関わらず、骨太なグルーブ感がしっかりと伝わってくるのだ。
この違いはどうして生じるのか。
ユース・カルチャーに音楽がどの程度、根を下ろしているかということであれば、それほど大きな差はないと思う。歴史の長さを除いて考えれば、の話だが。そういったことではなく、もっと決定的な、そしておそらくは100年たっても克服できない大きな差があるのだ。
それは、国土だ。
小さな島国と、広大な大陸。これがある限り、日本のロックはアメリカには絶対勝てない。どれだけ感覚を研ぎ澄まそうと、どれだけ技量を磨こうと、永遠に追いつくことはできない。
メジャーなレコード会社からCDを出すことができず、流通面で苦戦を強いられる小さなレーベル(インディーレーベル)で作品を発表する、アメリカのバンド。もちろん、音楽だけでは食えないので普段はバイト暮らしだ。
彼らのライブを見たことがあるだろうか。実は彼らはしばしば来日している。しかし、知名度に欠けるため、日本のバンドとの“競演”という形で小さなライブハウスを回ることがほとんどだ。決まってはじめは「日の丸勢」が舞台に上がる。そして、耳が痛くなるような音量で演奏する。で、その後“真打ち”が登場し、我々に高い高〜い壁を見せつけて日本を去っていく。
デビューまでの道程も含めて、駆け出しのミュージシャンを取り囲む環境は、日本の方が恵まれている。アメリカにおける草の根レベルの音楽環境は、むしろ苛酷だ。
「クラブ」「パブ」と言えば聞こえはいいが、ろくな音響設備もないような場末の「飲み屋」。もちろん、ステージだってないことも珍しくない。そんな、客が聴いているのかいないのか分からないようなところをひたすら廻って演奏する。彼らのキャリアはここから始まる。ここで培われた逞しさが、環境のハンディをものともしないプロフェッショナルな演奏力につながっているのだ。
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長いたとえになったけど、似たようなことが、ボクシングにも言える。つまり、国土と競技人口の問題だ。情報もある、環境も整っている、優れた才能を感じさせる選手も少なくない。そして何より、情熱がある。
それでも世界で勝てない、目立てない、アピールしきれない日本のボクシング。西岡利晃は同じ相手への4度の挑戦を経て、なおも足踏み状態。名護明彦はスターダムから落ちて久しい。最高のセンスを持った辰吉丈一郎だって、眼疾も少なからず影響したとはいえ結局は短命王者で終わった。
これらはすべて「島国ニッポン」に原因があると言い切ってしまおう。
要は、みんな場数が少なすぎるのだ。そしてそれは、ボクサー本人たちだけの責任だとは言い難い。競技人口が少なすぎる、あるいは選手層が薄すぎるがゆえに、どうしても優秀な選手は“促成栽培”で出荷されてしまう。貧弱な地盤の上に立派な物を建てて(建てようとして)も、その寿命は決して長いものにはならないのだ。
多大な競技人口と選手層の厚さ、そこで積み重ねられる経験こそが、ダイヤモンドの原石を磨き上げていく。日本のボクシング界に決定的に欠けているのは、これだ。
ならば、これを解消するにはどうすればいいのか? 海外から多くの強豪を招聘する…なんてものじゃもう追いつかない(強豪じゃないのはすでにたくさん招聘してもらってるけど)。
鈴木が考える道はひとつ。「日本をアメリカ合衆国51番めの州にする」のだ。いまや英語を話せないアメリカ人なんて、珍しくも何ともない。みんながアメリカ人になってしまえばいいのだ。そして、本土でガンガン試合をすればいい。「進出」ではなく、本場に取り込まれてしまおう。そして人種意識もなくなるくらいに、黒人ともヒスパニックとも戦いまくる! これしかないだろう。
それでも渡航費はかかるだろうって? それを忘れてました。でも、ビザの問題がなくなるから、移動は比較的楽になるんじゃないのかな?
[2005/08/05 記]