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それでも人は、カテゴライズするのが好きな生き物だ。翻ってボクシング界を見る。こちらはたとえば「ジム別」で見ると、ある程度の傾向が見えることがある。
「名門ヨネクラジムは、負けながら実践的な技術を身につけていく選手が多い」
「協栄ジムは基本に忠実なボクシングをする傾向がある」
「国際ジムはカタカナの名前の選手が多い。ハーフが集まるジムなんだな」
などなど。
では、出身地で見るとどうなのか。これは意外と共通項が見えにくい気がする。(7人の世界チャンピオンを生んだ)沖縄には強打者が多いが、あとはどうなんでしょ。今回、インタビューした木村登勇は青森県出身だ。青森県出身のボクサーというとレパード玉熊(元WBA世界フライ級チャンピオン)、ジャッカル丸山(元日本スーパーフライ級チャンピオン)、畑山隆則(元WBA世界スーパーフェザー級&ライト級チャンピオン)などが思い浮かぶが、共通項は見えにくい。
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そして木村登勇。この人は簡単に言えば変則スタイルだが、丸山の「ファイター寄りの変則」とはまた違う。どちらかというと「ボクサー寄り」の気がするが、試合によってはぜんぜん違ったりもする。五百久寛行(不二)との試合では変則的なボクサータイプに見えたし、湯場忠志(都城レオ、日本ウェルター級チャンピオン)に挑んだ試合では、ラフなファイターに見えた。一貫性があまりないので、ものすごく分類しづらいのだ。
果たしてどんな人物なのだろうか。
そんなことをボーッと考えながら鶴見の商店街のアーケードを霜山選手と歩いていると、けたたましいエンジン音と共に我々の横を突風が駆け抜けていった。思わず転倒する鈴木。
「どこ見て歩いてんだ!」
怒声が聞こえた。ふと見ると、バイクに跨った男にはどこか見覚えがある。木村登勇だった。
「こ、怖い人…」
これから始まる取材に不安を覚えながら、我々は横浜光ジムへと入っていった。
というのはもちろんウソ。実は我々取材班、少しだけ、ほんの少しだけ遅刻してしまったんです。「取材は練習前の30分」という約束だったのだが…。私たちが到着する留と既にトレーニング・ウェアに着替えていた木村は、
「気にしなくていいっすよ。30分と言わず、いろいろ聞いてください」
とにこやかに迎えてくれた。
と、ここまで書いたところで枚数が尽きたので、続きは次回。そう、この連載は原稿用紙に手書きしたものを編集部・井上氏がパソコン上で打ち直しているのだ…ってのももちろんウソだ。
とりあえず、きょうは番外編というか、長いイントロで終わります。続きは 次回 ♪
[2005/05/06 記]
協力;横浜光ボクシングジム
special thanks;Yokohama Hikari Boxing Gym