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■鈴木成章の“なんとなくマニアック”

〜文化系ボクシングマニア・ライフワークの記〜

vol.02 受験生ブルース・拳闘編


 これを書いている時点では、まだまだ受験シーズン真っ只中。私も15年ほど前は受験生だった。それも、非常にできの悪い…。

 浪人時代のこと。ある大学の入学試験を受けにいった私は、会場の門をくぐったところで声をかけられた。「あれ、鈴木さんじゃん?」。高校の後輩Kだった。そういや、こいつも今年受験だったなあと思って挨拶を返し、終わったら飲みに行く約束をして別れた。数時間後、私とKはその大学近くの居酒屋にいた。お互いのその日のできなさ加減を笑いつつ、別れ際「じゃあ、春に予備校で」と言って別れた。

 なに!? 「じゃあ予備校で」? …ということはKのヤツ、私が記念受験に来たと思ってたか。当たっているけど、彼は現役でこっちは浪人。立場がない。ムキになるのはよそう…。

 記念受験とは、「どうせ落ちるなら、難しいところ」という、非常にいじらしいというか、セコいというか、人という生き物の哀しさを感じさせる行為だ。ただ、この記念受験もいくつかのパターンに分類できる。


 
[1] 純粋に、思い出(あるいは見栄)のために受ける
[2] 失敗覚悟で次につなげるために受ける
[3] 客観的に見たら明らかに記念受験なのに、本人は大マジ
[4] どう考えたって受かるわきゃないが、成り行きで受けるハメになった

 ざっくり言ってこんな感じだ。ちなみに私は[4]のパターンだった。

 えらく前置きが長くなったが、世界タイトルへの挑戦と受験は似ている、と思う。残念なことに、この国では“記念受験”がけっこう多い。[1]に関しては、ここでは言及を避ける(笑)。[3]のパターンは、あまりにも多いのでこれまたノーコメント。今回はパターン[2]について。

 ここ数年では2002年に山口真吾(渡嘉敷)が崔尭三に挑んだ試合が、それにあたるのではないだろうか。反論はあるだろうが、どう考えても勝算があった試合ではないだろう。戦力のファクターもキャリアも、世界挑戦に必要なものがこの当時の山口に備わっていたとは考えられない。そして結果は周知の通りの玉砕。

 しかし2005年2月現在、山口真吾は東洋太平洋王者の地位にある。あの惨敗が肥やしになったといえはしないだろうか(山口には今後、これが「肥やしになった」といえるようなモアベターな結果を残してほしい)。

 ボクサーは受験生ではないし、失敗しても「来年があるさ」とはかんたんに行かないのが辛いところ。しかし日々の学習(練習)も大切だが、志望校(世界タイトル)との距離と難易度を的確に測ることもこれまた大切。それには“模擬試験(模試)”を受けることがいちばんだ。受験生が模試の結果を見つつ志望校を考えるように、挑戦者たちにも的確に自分の立ち位置を判断されたい。

 模試とはなにか? そう、適切な相手とのテストマッチである。予備校等が開催する模擬試験に「○○大オープン」のような特定大学に対応したものがあるのと同じように、世界、OPBF、日本とタイトルに応じて適切なテストをしてほしい。たとえば世界戦の模試ならば、相手は世界の上位ランカー。本戦に進めるか否かは、試合結果を判断材料とする。

↓たとえば、こんな感じ。

A判定(獲得確率80%〜) KOもしくは大差判定による勝利
B判定(獲得確率60〜80%) 僅差ではあるが、明白な判定勝ち
C判定(獲得確率50%=ボーダーライン) ドローもしくは地の利を生かした判定勝ち
D判定(要再考)負け

 A判定、B判定ならば即受験もOK。Cなら追試=再度模試を受け、AかBが出たらOK…って感じか(どうみてもCなのに、BあるいはAだったと強弁されるのは困るけど)。

「そんなこと、おまえに言われたくない!」
「それがどれだけ大変なことか分かってんのか!?」
「なめとんのか?」
「このクラミジア!」

 などなど、いろいろおありでしょう。

 でもやっぱりね、落ちるの分かってて受ける試験ほど、味気ないものってないよ。関係者のみなみなさまの、大いなる、大いなる熟考を求めます。

[2005/02/09 記]



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