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■在米ライター林壮一の米国取材記■

〜筆者&編集部特選! 再録ノンフィクション“REY TIME”〜

vol.16 ホリフィールド×ルイス「世界最強になりそこねた男」。

「カマーン!」

 痺(しび)れを切らした客席から、欲求不満の叫び声が上がる。3月13日に行われた統一世界ヘビー級タイトルマッチは、大きな見せ場のないまま終盤に差し掛かっていた。

 この一戦は、主要3団体のチャンピオンベルトが6年3カ月ぶりに一人の男の拳によって束ねられるものであり、マジソン・スクエア・ガーデンで開催されるイベントとしては、71年3月のジョー・フレージャーvsモハメド・アリ戦以来のビッグマッチだった。

 にもかかわらず、ファイト自体は凡戦と呼べるものでしかなかった。“世界最強”を決める歴史的瞬間に立ち会おうとする2万1284人の観客は、フラストレーションだけを蓄積させていた。

 やや押され気味ながらも、果敢に攻めようとするWBA/IBFチャンピオンのイベンダー・ホリフィールドに対し、優位に立ちながら消極的な攻撃しか見せないWBC王者のレノックス・ルイス。

 統一世界ヘビー級タイトルマッチにそぐわないお粗末な内容は、このルイスのファイティングスタイルに起因していると言ってよかった。

 戦前、関係者たちは一様にルイス勝利を唱えていた。かつて、ホリフィールドと闘ったジョージ・フォアマン、ラリー・ホームズ、そしてジャーナリストの多くは、ここ数試合で顕著となったホリフィールドの衰えを指摘し、両者の体格の違いを説いた。

 ロスアンゼルス五輪、ライトヘビー級銅メダリストのホリフィールドと、ソウル五輪、スーパーヘビー級金メダリストのルイスでは、身長で7センチ、体重では14キロ以上の差があった。数字で比べるより何より、リングに立つ二人のサイズは、圧倒的に違ったものとして映っていた。

 さらにトップ選手となってから、ずっとホリフィールド戦を希望して来たルイスのモチベーションも好材料であるように感じられた。

 英国、カナダの二重国籍者であるルイスは、カナダ代表としてソウル五輪に出場し、金メダルを獲得した。この時決勝で下した相手は、後の統一世界ヘビー級チャンピオン、リディック・ボウである。

 金メダリストとなり、自らの商品価値を揺るぎないものとしたルイスは、英国を舞台にプロに転向し、5年間で22連勝を重ねて、WBCタイトル指名挑戦権を得る。そして、92年11月の統一ヘビー級タイトルマッチ、ホリフィールドvsボウ戦の勝者との試合が内定する。世界ランキングに名を連ねて以来、統一チャンピオン、ホリフィールドへの挑戦を目標にしてきた彼だったが、この試合では、ボウが新王者となった。

 ルイスとボウによるソウル五輪決勝の再戦が統一戦のリングで行われる、と注目を集めたものの、オリンピックの苦い思い出からか、ボウはルイスと闘うことを拒否し、WBCのタイトルを返上。後日、ルイスはこのベルトを“認定”という形で腰に巻き、チャンピオンの座に就いた。

 この王座認定はルイスにとって、必ずしもプラスに作用するものではなかった。「今世紀初の英国人世界ヘビー級チャンピオン」と称える声もあるにはあったが、「相手を倒してタイトルを手に入れたわけではない“ペーパーチャンプ”」と非難されなければならなかったのだ。

 また英国においても、カナダ代表として金メダルを獲得した彼は、「国の誇り」と呼ばれるほどの存在ではなかった。ルイスが様々な雑音を吹き飛ばし、真の栄光をつかむためには、統一チャンピオンとなる以外に道はなかったのである。


優位に立ちながら消極的な攻撃に終始し、勝利へのひたむきさを見る者に伝えようとしなかったルイス。“ヘビー級の星”にはほど遠い?
「王座を統一し、ヘビー級の星になる」

 ルイスは常々そう語ってきた。一度は王座転落という挫折を味わいながらも、再びWBCタイトルを奪還し、防衛を重ねながら、最終目標である統一王座、すなわちホリフィールド戦を望んできたのだった。

 金銭面の縺れから、両者の対戦は具体化するたびに白紙となったが、延び延びになったこの試合の実現を、誰よりも喜んだのはルイス本人ではなかったか。彼にとっては、文字通り「待ちに待った一戦」のはずだった。

 しかも、この日は不人気チャンプとして知られるルイスを応援するために、イングランドから、7000人のファンがマジソン・スクエア・ガーデンに駆けつけていた。会場内には終始、彼を鼓舞する合唱が響き、それらはホリフィールド・コールを見事に掻き消していた。おそらくルイスにとって、敵地で受ける初めての大声援だったことだろう。

 こうした幾つものアドバンテージを得ていながら、ルイスには闘おうとする気持ちが欠けていた。「攻撃こそ最大の防御なり」という本来のスタイルを捨て、KOは狙わず、より安全に、イージーに試合を運ぶことを選んだ。またホリフィールドの距離に入ると、クリンチで抱きつき、小さな敵を消耗させた。

 ルイスの持ち味とは、その恵まれた体躯から繰り出されるハードパンチである。戦績35戦34勝1敗、この34勝の中には27ものKO勝ちが含まれている。

 ガムシャラに飛び込み、ラッシュをかければ、長く追い続けてきた椅子をノックアウトで手にすることも可能だったろう。それほど、ペースを握っていたのはルイスだった。しかし、彼は見る人を魅了するファイトができなかった。

 ルイスのトレーナーを務めるエマニュエル・スチュワードは、彼について、「これまで、見たこともない抜群の才能を持ち合わせているのに、それを出し切れない選手だ」と語ったことがある。また、フォアマン、ホームズも、勝利を予想する傍ら、「ルイスというファイターはハートに問題がある」と付け加えることを忘れなかった。

 彼らが呈した苦言とは、ルイスのボクシングに対する根本的な姿勢であるに違いない。

 かつてルイスのキャンプを訪れた際、サンドバッグを打っても、ミット打ちをしても、3分間集中力を持続させることなく、楽をしよう、楽をしようとする彼の姿に驚いたことがある。それでいながら、持って生まれた肉体と才能を武器に、現在のポジションを確保できるのがルイスなのだった。

 自らのボクシング生活で最も重要な一戦で、ルイスはその精神的脆さを露にしてしまっていた。リング上の彼からは、勝利へのひたむきさが全く伝わって来なかった。

 第11ラウンド終了のゴングを聴くと、ルイスはコーナーに向かって右手を上げ、勝利をアピールした。すでに自分が統一王者となったことを確信しているかのような素振りである。

 業を煮やした観客が、あちこちで「カマーン!」と叫ぶ中、私の右斜め前に座っていたアメリカ人レポーターは、「つまらなすぎて、凍えるような試合だぜ」と吐き捨て、会場を去って行った。

 当のルイスは、相変わらず気のないファイトで最後の3分間を締めくくった。

 結果は三者三様のドロー。ルイス陣営、そしてメディアの多くはこの判定を不服とし、115-115でドローと採点したジャッジは試合3日後に「ルイスの勝ちだった。私はミスを犯した」という声明を出した。

 だが、勝利を逃した張本人はルイス自身に他ならない。彼のダラダラとした試合ぶりは、世界最強の男に相応しいものではなかった。

 WBA、WBC、IBFの各団体は、6カ月以内のリターンマッチを義務づけ、プロモーターサイドも動き始めている。ルイスにとって次の試合こそ、栄光を手に入れるラストチャンスである。

 夢である“ヘビー級の星”に向かって、彼はどこまで魂を燃やせるのだろうか。

〜『Number』467号より

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<当時を振り返って・・・>

 このホリフィールドとの第1戦こそ、ルイスの精神的弱さを明らかにしたものだったと思う。8カ月後のリターンマッチで勝利したが、ファンを喜ばせる内容ではなかった。

 勝つにも「勝ち方」がある。そして負けるにも「負け方」がある。ファンの心を打つのは、いつも全力のファイトである筈だ。そうしなくても、統一ヘビー級王者になれてしまう彼は、不思議過ぎるボクサーと言える。

[2004.2.3 記]


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