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■在米ライター林壮一の米国取材記■

〜筆者&編集部特選! 再録ノンフィクション“REY TIME”〜

vol.14 [番外:初書き下ろし] Fernando “Ferocious” Vargas!

 2003年12月12日、アリゾナ州ツーソン。WBC世界ジュニアミドル級2位のフェルナンド・バルガスは、元同級北米王者のトニー・マーシャルを下して再起第2戦を飾った。初回から一方的に打たれ続けたマーシャルのダメージを考慮したレフェリーが、7ラウンド終了時に試合続行不可能と判断。バルガスのTKO勝ちを宣言した。

 第4ラウンドのバッティングで、左目尻をカットしてトランクスを血で染めながらも、バルガスは落ち着いた試合運びを見せた。終始足を使い、自分の距離を保った。それは、トリニダード戦、デラホーヤ戦で露呈することになった<打たれ弱さ>を自覚したものであるように映った。


慎重さを加えたファイティングスタイルに変身しつつある“Ferocious”バルガス。2004年、再度頂点へチャレンジする。
 彼は「獰猛な」という意味の“Ferocious”というニックネームで呼ばれることを好む。敗北を経験するまで、バルガスの闘いぶり━━チャンスに一気に畳み掛けるラッシュの激しさ━━は、まさに“Ferocious”だった。

 マーシャル戦の彼に、「相手を完膚無きまでに叩きのめす」かつての詰めはなかった。あるいは「一発喰らったら危ない」という意識が働いていたのかもしれない。バルガスは慎重だった。2つの敗北からディフェンスの重要性を学んだに違いない。

 この日、バルガスは愛息フェルナンド・ジュニアが歌うマリアチミュージックに乗ってカジノ・デルソルの野外特設リングに登場した。そして試合後は「一日早いけれど、この勝利を母へのバースディプレゼントとしたい」と語った。父の顔を知らず、祖母と母親の苦労する姿を見て育った彼は、家族への愛を全面に出しながら闘う。己を“Ferocious”としながらも、良き息子であり孫であり、パパなのだ。

 バルガス次戦の相手には、元WBC王者のハビエル・カスティジェホが内定している。これに勝てば、指名挑戦者となり、シェーン・モズレー戦が具体化する。

 この「バルガスvsマーシャル」戦の翌日には、コーリー・スピンクスがリカルド・マヨルガを下して統一ウエルター級チャンピオンとなった。スピンクスもまた、モズレーへの挑戦を希望している。

 自らの弱点を理解し、スタイルを変えつつあるバルガス。今後、彼は激戦区でいかに闘い抜くのか。敗れても常にポジティブなのが、この男の持ち味である。第2章における飛躍を期待したい。

[2004.01.06 記]


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