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■在米ライター林壮一の米国取材記■

〜筆者&編集部特選! 再録ノンフィクション“REY TIME”〜

vol.11 その男、40にして…

 イブニングニュース・アリーナの時計の針は、23時を回ろうとしていた。つい数分前、英国が誇るスター王者、ナジーム・ハメドがWBO世界フェザー級タイトル12度目の防衛に成功したばかりである。

 会場を埋め尽くした2万人の観客は、大半が席を立ち、出口に向かって歩き始めていた。彼らが見たかったのはあくまでもハメドの勝利であり、次に行われる40歳のロートルボクサーの試合など、何の関心もないのだった。

 この選手がかつて、ハメド以上に輝き、ウェルターからライトヘビーまで5階級に渡って世界王者の座に君臨した、伝説のチャンピオンだったとしても、客の足を止めることは叶わなかった。

 そんな閑散としたアリーナに、映画『ロッキー』のテーマミュージックが流れ、元チャンピオンが花道に姿を表した。

 勇ましいメロディが、空席の多くなった会場に、空しく響き渡る。彼の代名詞であるゴールドのトランクスに同色のガウン、そして、白いミズノのリングシューズ。

 この出で立ちも、入場時に『ロッキー』をかけるのも、全盛時と全く同じ、この選手のやり方だった。

 客が立ち去った後のガラガラの試合場とは、数々の栄光を手にしてきた彼の目に、一体どのように映るのだろう。

 1999年4月10日、英国、マンチェスター。トーマス“ヒットマン”ハーンズはIBOというマイナー団体のクルーザー級のベルトをかけ、元WBA同級王者であるネイト・ミラーとの一戦を迎えていた。

 第1ラウンド開始早々、ハーンズは、ダブルのジャブからワンツーを放った。その動きは、まるでスローモーションを見ているようだ。

 かつて、この選手は、リーチを活かした鞭のようなジャブと、1メートル85の長身から繰り出す伸びのある右ストレートを武器にKOの山を築いた。そのファイティングスタイルと、敵を見据える鋭い視線は、まさに“ヒットマン(殺し屋)”と呼ばれるに相応しかった。

 ハーンズについて語る時、どうしても避けて通れないのが、ライバルたちの存在である。同じように5階級を制したシュガー・レイ・レナード、世界ミドル級タイトル12回防衛を誇るマービン・ハグラー、ライトから4階級制覇を成し遂げたロベルト・デュラン。

 偶然にも、同じ時期にこれだけの名チャンプが出揃った80年代とは、中量級の黄金時代と形容された。彼らはそれぞれ、自らがナンバーワンであることを主張し、他の3人との死闘を繰り広げた。

 ヒットマンは、デュランにノックアウト勝ちを飾ったが、レナード、ハグラーにはKO負けを喫した。さらに、リベンジを誓ったレナードとの再戦もドローという結果しか収められなかった。

 彼は見る人に戦慄を覚えさせるようなノックアウトを飾る一方で、時に、自らも派手にキャンバスに沈んだ。打たれ弱さを露呈しながらも、常に相手に向かっていく姿勢こそ、ヒットマンの最大の魅力だった。


黄金時代を形成したライバルたちとの“リーグ戦”には負け越したハーンズ。格下と思われたバークレーにも連敗するなど、勝ち運は薄かった…
 これらのライバルとの“リーグ戦”が終盤に差し掛かろうとする頃、ハーンズは、安全な挑戦者として迎えたはずのアイラン・バークレーにも屠られてしまう。スター王者が“咬ませ犬”に足下をすくわれた一戦として「ラッキーパンチ」と認識されたが、3年10カ月ぶりに行われたリターンマッチで、彼はまたしてもバークレーのブルファイトに屈するのである。

 格下のはずだったバークレーによってもたらされた2つの黒星は、ハーンズからWBCミドル級とWBAライトヘビー級のベルトを奪っただけでなく、商品価値にも大きな影響を及ぼした。「単なる元チャンピオン」というレッテルを貼られ、大プロモーターから、声が掛かることはなくなっていった。

 以後、ハーンズは1年に1度か2度、小さな会場で無名選手との試合をこなす、といった選手生活を続けていた。

 昨年11月、ハーンズは1年9カ月ぶりのリングに上がった。故郷、デトロイトに簡単に倒れる相手を呼び寄せ、88秒でノックアウト勝ちを飾った。この試合までにこなしたスパーリングは僅か4ラウンズ。元チャンピオンという肩書きを利用したビジネスに過ぎず、見るべきもののない一戦だった。

 試合前、「次の目標は、6階級制覇。自分のコレクションにWBAかWBCのクルーザー級タイトルを加えてみせる。そのためにリングに戻って来た」とコメントする彼に、

「40歳という年齢でまだリングに上がるモチベーションとは何なのか。衰えについては、どう感じているのか?」

 と質問すると、彼は私の言葉を遮り、強い口調で、

「オレはまだ伸びている。衰えなどこれっぽっちも感じたことはない。新たな目標に向かって、走り始めたんだ」

 と捲し立てた。

 どれだけ熱狂的なハーンズのファンだとしても、この言葉を鵜呑みにする人間などいないだろう。しかし、こう言い切れるハートを持ち合わせているからこそ、彼はこの歳で、闘い続けていられるに違いなかった。また、その言葉は、老い行く自分自身に闘いを求めているようにも聞こえた。

 ハーンズを育てた名伯楽、エマニュエル・スチュワードによると、彼は決して才能に恵まれた選手ではなかったという。そのハーンズを成長させたものとは、「決意」だ、とスチュワードは語った。

 リング上のハーンズが「決意」とともに闘っているのは、理解できた。だが、試合は見せ場のないまま、ダラダラと続いていた。

 ミラーは2年前まで世界王者の椅子に座っていた世界10傑に名を連ねる選手である。にも拘わらず、後手後手に回り、まるでハーンズという名前に怖気づいているかのようだった。

 ヒットマンは全盛期と比較すれば目を覆いたくなるような動きしかできなかったが、相変わらずギラギラとした視線をミラーに向け、攻めの姿勢を崩さず、判定勝ちでIBOタイトルを手に入れた。

 中量級黄金時代のメインキャラクターの中で、現役を続けているのはこのハーンズだけである。あるいは、それだけ、他の3人より彼の「決意」の方が固かったのかもしれない。

 ロートルになろうとも、ファンを失おうともハーンズは今尚、プロボクサーとして生き抜こうとしているのだった。

 時の流れ、肉体の衰えに気力で挑み掛かっていく40歳のファイター、トーマス・ハーンズ。まさにヒットマンならではの、歳の重ね方である。

〜『ZEICHEN』11号より

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<当時を振り返って・・・>

 1999年というとそう古い話でもない気がするが、この文章でちょっと触れたハメドも、すっかり<過去の人>となってしまった。40歳にしてリングに上がっていたヒットマンが如何に強い精神力を持っていたかが分かる。

 余談だが、『ZEICHEN』という雑誌も消えて無くなった。移り行く時の中で「他者の記憶に残る」ということの難しさを改めて感じる。

『あしたのボクシング No.1』では、ハーンズを脇役とした。原稿依頼を受けた時、どうしても「バークレーの物語」が書きたくなったのだ。まだの方は、是非読んでやっておくんなさい!

[2003.12.08 記]


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