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「言葉が見つからないが、私のために多くの時間を費やしてくれたルー・デュバ、彼に謝りたい…」 薄れゆく意識の中で男は語った。その直後、彼は救急車に乗せられ、けたたましいサイレンの音と共に病院へ向かう。 1997年10月4日、ニュージャージー州アトランティックシティ。WBC世界ヘビー級チャンピオン、レノックス・ルイスに挑んだアンドリュー・ゴロタは、第1ラウンド、僅か95秒でKO負けを喰らい、試合後のドレッシングルームで再び倒れた。 ボクシング界では、時に人を“壊れる”と表現する。この日のゴロタの試合ぶりからみて、彼が、“壊れた”のは間違いなさそうだった。 ポーランド代表として参加したソウル五輪で銅メダルを獲得。プロボクサーとして成功するには、本場、アメリカに行くしかない、と海を渡る。それから5年、ようやく掴んだ桧舞台だった。もし、ゴロタが新チャンピオンとなっていれば、主要タイトルのヘビー級王座に白人が就くのは83年以来のこととあって、多くの期待を背負っていた。会場となったアトランティックシティ・コンベンションセンターに詰めかけた1万3889人の観客は、ゴロタの勝利を祈る人々がほとんどだった。 そのゴロタが気遣ったトレーナー、ルー・デュバ(75)は、落胆の色を隠せないまま記者会見に姿を見せた。 デュバが世界チャンピオンのセコンドでなくなってから、かれこれ半年になろうとしている。彼は世界でも指折りの名トレーナーであるには違いなかったが、ナンバーワンの座にはどうしても就けないでいた。例えば、今回のチャンピオンのセコンドであるエマニュエル・スチュワード(53)と比較した場合、地位、名声、そして実績も及ばないと言わざるを得ない。 この試合の調整が大詰めを迎えた9月下旬、私はフロリダ州ウエストパームビーチに彼を尋ねている。デュバは世界初挑戦を控えたゴロタに加え、4月12日にオスカー・デラホーヤに敗れ、8年ぶりに無冠となったパーネル・ウィティカーを従え、キャンプを張っていた。 「もうすぐ、ホリフィールド以来のヘビー級世界チャンピオンがこの手から生まれることになるだろう。私は6ラウンドKO勝ちと予想している。ゴロタの良さは足。パワーは申し分ないので、さらにアップするように教えているんだ。ルイスと比べると経験の面で劣っているが、ベストパンチの右フックを当てて、新チャンピオンの誕生だよ」 突き出た腹を揺すりながら、老人は明るく話した。だが、ゴロタの表情は堅い。疲労が溜まっているのか、それともプレッシャーのためなのだろうか。スパーリングを見ても、動きが重く、スピードが全くなかった。 流れ落ちる汗を拭いながら、ゴロタは言った。 「オレが勝つ、それだけ。ルイス、強いよね。タフだし、キャリアもあるし、しんどいファイトになるだろうけど、必ず勝ってみせる」 その口ぶりからは、虚勢が感じられた。不安に苛まれる自分自身を奮い立たせるように発せられた言葉のようだった。 そんなゴロタに対して、数週間前に見たルイスの動きは軽快だった。予定されたスパーリングが終了しても「ワンモア、ワンモア」と自らトレーニングメニューを増やそうとする。練習後は私にも陽気に冗談を投げかけ、白い歯を見せた。心身共に最高のコンディションで防衛戦を迎えようとしていた。 デュバ陣営はビッグチャンスを前に、闘志が空回りしていたようだ。そして、実際に結果は95秒でKO負け。敗戦についてコメントするデュバの姿は淋しそうだった。 77年、79年、93年と3度の心臓手術を繰り返しながらもボクシング界で生き抜こうとする老トレーナー。しかし、今回もまた勝利の女神は彼に微笑んでくれなかった。
この日、ゴロタは2人のパートナーを相手に11ラウンズのスパーリングをこなした。接近戦では迫力のある左右のフックを見せていたが、明らかに途中でスタミナを使い果たしてペースダウンしていた。デュバはキャリアのなさを指摘していたが、世界戦の舞台でフルに12ラウンズ戦い切れる持久力を持ち合わせているようにはとても思えなかった。
「オレが勝つ」と強くコメントしたものの、キャリアとスタミナに感じられた不安は拭えず、ゴロタはわずか95秒でマットに沈んだ…。
ルー・デュバ。1922年生まれ。兄の影響から、12歳でボクシングを始める。アマチュア、ゴールデングローブ・チャンピオンを経て42年にプロに転向。24戦22勝2敗15KOという戦績を残して引退。ニュージャージー州タイトルを獲得したものの、アメリカ陸軍のメンバーでもあった彼は、二つの仕事を両立することが出来なかったのだという。
やがて、ボクシングの虫がうずき始め、トレーナーに転身する。ここまで、延べ13人の世界王者を育てている。また、実の息子たちを中心とした『メイン・イベンツ』というプロモートの会社の経営も軌道に乗せている。今回のWBC世界ヘビー級タイトルマッチをセットしたのも、この『メイン・イベンツ』社である。
「現在の目標は、チャンピオンをさらにつくること。私の言うチャンピオンっていうのはね、リングの中ではもちろん、リングの外でも素晴らしい男という意味なんだ。そういう選手をつくりたい。また、『メイン・イベンツ』を、ドン・キングやボブ・アラムに負けない全米トップのプロモート会社にしたいもんだね」
老人のボクシングに対する情熱は、ストレートに伝わってきた。だが、彼らのキャンプを取材すればするほど、純粋なボクシング屋である彼の思いが、全く違う方向へと向かっていることに気付かされた。
ゴロタのスパーリングが終了すると、入れ違いに前WBCウエルター級チャンピオンのパーネル・ウィティカーがやって来た。84年ロスアンゼルス・オリンピックで金メダリストとなり、プロに入ってからもライト級王座統一、ジュニアウエルター、ウエルター、ジュニアミドルと4階級制覇を成し遂げている男である。
デュバはウィティカーを見ながら、
「必ず王座に返り咲かせてみせるよ。デラホーヤにだって負けたわけじゃない。ジャッジがおかしかっただけさ。1300万ドル(約15億円)のファイトマネーを用意してリターンマッチを組むから、デラホーヤにぜひ同意してもらいたいね。この子ももう33歳だから、確かに衰えてはきている。でも、まだまだ世界王者の実力だよ。今後は年齢的なことを考慮して、無理をさせずにリラックスしてボクシングをやらせてあげたい」
と語った。
オスカー・デラホーヤにベルトを奪われたウィティカーだったが、ボクシングセンスの点で述べれば、ウィティカーの方が確実に上である。
しかし、デラホーヤとの試合でこの選手は、ファンを湧かせるパフォーマンスにばかり気をとられ、あまり攻撃を仕掛けなかった。特に最終ラウンドは相手を挑発しながら、華麗なディフェンスを披露し、パンチを出さずに試合終了のゴングを聞いた。その結果、大差の判定で王座から転落したのだ。彼が『闘う』という行為にもっと集中していたなら、あるいは敗者とならずに済んだかもしれない。
ところが、ウィティカーはそのように感じていないのか、この日のスパーリングでもデラホーヤ戦と全く同じように忍び足でリングを歩いたり、腰を振ったりするパフォーマンスを続けていた。
トレーニングを終えたウィティカーに、インタビューを申し込むと、
「ランチを食べに行くからついてこい」
というぶっきらぼうな言葉が返ってきた。彼の後に続いてスポーツバーに入ると、ウィティカーは愛人と思しき女性を横に座らせ、ビールをガブ飲みし始めた。練習直後のアルコールはボクサーにとってご法度である。天才肌のアスリートにはこの手の選手が多いが、デュバの言う「リングの外でもチャンピオン」という言葉はこの男に当て嵌まらないと感じた。
「デラホーヤ戦? ありゃあWBCとボブ・アラムが組んでオレからベルトを奪ったんだ。今さら何も言うこたぁねえよ。それに多分、野郎はオレに負けたってことを分かっているさ。もし、リ・マッチが現実になれば嬉しいけど、特にデラホーヤに拘っちゃいない。オレはオリンピックで金メダル、プロになってからも6つのベルトを巻いた男なんだ。十分富も名声も手に入れてる。その上で自分を完成させるのが今後のプランだな。ボクシングってのは、テクニック、スピード、パワー、色々なものをトータルしてひとつの形が出来上がるものなんだ。だから、パーネル・ウィティカーそのものを完成させるのがオレの目標さ」
口の周りについた泡を拭おうともせず、ウィティカーはまくしたてた。
「ルー・デュバはオレにとって最高の指導者だよ。オヤジみたいなもんだしさ。若い頃から面倒見てもらってるんだ。イヤだったらとっくに離れてるよ」
左耳につけた大きなダイヤのピアスの位置を正すと、ウィティカーはさらにビールを注文した。その姿を見ているうちに、これ以上質問を投げかけるのは無駄なことのように思えてきた。真摯な姿勢でボクシングに取り組んでいる人間ではなかったからだ。
ウィティカーが不可解な判定に泣いたのは、デラホーヤ戦が初めてではない。フランスまで乗り込んでの世界タイトル初挑戦。ホセ・ルイス・ラミレス戦を判定負けに。メキシコの英雄フリオ・セサール・チャベスを相手にしたWBC世界ウエルター級タイトル防衛戦でも、圧倒的に試合を優位に進めながら、引き分けにされている。
それらはいずれも、プロモーターの政治力を窺わせる判定だった。仮にウィティカーがより大きなプロモーター、ドン・キングやボブ・アラムの抱える選手であれば、結果は違ったものとなっていただろう。ボクシング界で、世界チャンピオン以外が栄光を手にすることはあり得ない。たとえ世界ランキング1位であったとしてもだ。
ルー・デュバという、優秀ではあるが頂点には立てないトレーナーも、『メイン・イベンツ』という3番手のプロモート会社も、同じように苦戦を続けていかねばならないのである。そこには、弱肉強食という自然社会の掟を強く感じる。
記者会見が終ろうとする頃、デュバは自ら選手を破壊したチャンプ、ルイスにサインを求めた。つくり笑いを浮かべながら王者の肩を叩くその姿は、痛々しいほどに敗者の悲哀を醸し出していた。
おそらく、彼が世界一のトレーナーとして称えられることは、永遠にないだろう。そして、今後も教え子と共に、数多くの『敗戦』を経験することになるだろう。
老人の笑顔には、哀しみという文字が深く刻みこまれているように見えた。
〜『PENTHOUSE』1998年2月号より
<当時を振り返って・・・>
実は当初この原稿は、ウィティカーに関するものだけにする予定だった。
『メイン・イベンツ』社にアポを入れ、フロリダ州ウエストパームビーチまで飛んだのだが、挨拶した瞬間にウィティカーから返って来た言葉は「取材? 聞いてネェよ。お断りだね」。
何とか粘ったが、結局20分程しかインタビューできなかった。そこで、切り口を急遽デュバに変更したという苦い思い出がある。現在、囚人服を着ているウィティカー。才能に恵まれていたが、人間的な魅力は感じられなかった。逮捕されたと聞いた時も「なるほどね」と思ったものだ。
[2003.10.13 記]