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| 2005年5月13日、ネバダ州ラスベガスにて |
それがいいことなのかどうかは別にして、どんなスターボクサーよりも一際目立つ、絶大な存在感を示してくれる御仁、ドン・キング。 あのフェリックス・トリニダードが、この男のトレードマークとなっているヘアスタイルを真似てしまった(と思うけど、ホントはどうなんだろ)とき、けっこう戸惑いました。 だからってわけじゃないはずだけど、手も足も出ずウィンキー・ライトにワンサイド負けした理由を後付けしたくなりませんか。 決して体力的な衰えが著しかったわけでなく、テクニカルに弄ばれた、フルマークをつけられる完封負けはショックが大きかろうなぁ。 まあ、トリニダードの話はこのくらいで止めといて…。幾多のスーパースター(&そうでないのも)を喰ってのし上がり、まだまだ「世界的プロモーター」として君臨し続けるドン様。 「いい死に方せんぞ!」なんてこと言ったり言われたりしますが…この人は、いったいいつ、どんな最期を遂げるんでしょうかな? [2005.6.17 記]
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| 2005年5月14日、ネバダ州ラスベガスにて |
元世界ライトヘビー級チャンピオン、ホセ・トーレス(プエルトリコ)。 のちに若きマイク・タイソンも教えを受けたカス・ダマトに師事し、リングキャリアをまっとうしたファイター。いまはボクシングの記事や単行本を著すジャーナリストとして活躍する、ニューヨーク在住の老紳士です。 先だってラスベガスで「フェリックス・トリニダードvs.ウィンキー・ライト」戦を取材した晩、縁あって、この元チャンプとお目にかかる機会に恵まれました。 もちろん自分にそんな器量や人脈はなく…旧知のライターさんを介してのこと。 試合取材を終えたあと、ハードロックホテル近くの中華料理店で夕食に同席させてもらった際、Media Credential(取材者証)の裏に一筆お願いしたのでした。 外国に来てここまでの幸運に恵まれたのは初めて。英語を大して聞けもしゃべれもしない、初めて会う東洋人を相手にしても、コミカルなキャラを隠さず気さくに接してくれる方でした。 すっかり調子に乗って子供(もうすぐ2歳半)の写真まで見せ、「かわいいね〜」なんて言ってもらったのもまたウレシ。 楽しい晩餐でありました。 Thank you Mr. Jose Torres. It was nice meeting you. [2005.6.2 記]
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床が抜けるんじゃないかと思えるくらい、狭い場内に響いた歓声や悲鳴が渦巻いたあの一戦。 当時学生で、試験期間中だったにもかかわらず迷うことなく観戦を決めたこの一戦。 たしか日曜日の昼間、生中継されたのに、試合を決める右ストレート一発が映像に残っていない(その後の思い出放送でも見たことがない)、この試合。 とにかく「来てよかった」と、心の底からそう思えた。そういう試合、ほかにもあるけども、なぜだか印象深い、平成になりたてだった年の1月22日…。 チケットたった1枚でも、いろいろ甦ってくるもんですな。これが決してデザイン的に優れているとも思えないけど(笑)、最近は字だけが並んだ味も素っ気もないチケットばっかりだから、古くさくも見える反面、新鮮にも見えたりします。 [2005.4.15 記]
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| 2004年6月3日、MGMグランド(ネバダ州ラスベガス)にて |
もういくつ寝ると、Woooo〜 Let' s get ready to rumb〜〜le! でっせ。 ビッグイベントが近づくと、開催会場のカジノのゲーム台にまでこんな“装飾”がされるラスベガス(カジノ内は撮影禁止だけど、ちょうどこのスペースに誰もいないときだったので、ちっちゃいデジカメで撮っちまったです)。そろそろMGMでもなされてるんでしょうか。 見聞きする予想はホプキンス有利なものが大半。私の考えも、やっぱりホプキンス側です。 6月の不出来(実力?)からするとしかたがないのか…。いかにデラホーヤびいきの人でも自信を持って反論できないくらいのワンサイド・プレビューです。 噛み合わずになんとなく12ラウンドやって、スプリット・デシジョンでどっち…なんて展開にさえならなければ、どちらが勝つにしろ語り継がれる好勝負−−まさしく「MAKE HISTORY」になるでしょうかな。 死刑執行人が刑を執行するのか、31歳のゴールデンボーイが最後のガッツを披露するのか!? 19日午前10時からのWOWOW生中継、メインが始まるのは昼頃でしょうか。楽しみっすね。ロイ・ジョーンズや徳山のときのような、アッと驚く何とやらになったらおもしろい。 [2004.9.10 記]
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| 2004年8月21日、後楽園ホール(東京都)にて |
童顔の暗殺者、あのマルコ・アントニオ・バレラがメキシコから初来日(バカンスらしいっす)して、先日行われた[ビー・タイト!]の決勝興行を観戦しました。 スパーリング・パートナーを務めた土居の延長ラウンドによる敗戦を見届け(たと思う)、いつのまにか帰ってしまってましたな。帰ってはいなかったのかもしらんですが、少なくともこの席にはいなかったです。 次の試合は11月27日、アメリカ(カリフォルニア州かネバダ州)で開催予定らしい。 マニー・パッキャオとのリターンマッチも候補の一つらしい…とかいってたら! どうやら相手はなんとエリック・モラレスに決まったみたい。 あ〜、観に行きたいっすなぁ。個人的には「デラホーヤvsホプキンス」より興味深いっすよ。 まあしかし----。アメリカも行きたいけど、このクラスの選手と対等に闘える日本人ボクサーの出現を、もっと希望します! [2004.8.30 記]
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| 2004年8月3日、後楽園ホール(東京都)にて |
どうも、しばらくです。 さる8月3日、編集部のC級ボクサーこと霜山綾司くんが、東日本新人王予選準々決勝で、大川泰弘選手(ナカハマ)相手に2-0の判定勝ちをおさめました。 ナマ観戦とテレビ観戦とでは見え方も試合全体の印象もちがう、ナマでも観る方向によってこれまた全然ちがう…とはよくいわれますが、闘っている選手と観客とでも、これはちがってしまうことがあるようです。 霜山くんは初回にダウンを奪うすばらしい立ち上がりでしたが、2〜3ラウンド、続けてポイントを取られて、奪ったダウン分の“貯金”はチャラ。 しかし霜山くん本人は----。 興奮状態にあって冷静になりきれてなかったのかどうか、現実以上に自分が不利になりつつあった自覚はなかったらしいですね。 次の準決勝の相手は協栄ジムの田中啓介選手。優勝候補の一角ともいわれる強敵のようですが、しっかり闘い抜いてほしいもんです。 [2004.8.17 記]
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| 2004年6月4日、ユニオンプラザ・ホテル(ネバダ州ラスベガス)にて |
一瞬「?」でした。ラスベガスでの佐竹戦の1コマです。 ボードの反対面はたしか次のラウンドを示す算用数字が描かれていたけど、こっちの面は広告なんかな…とか考えながら、3+3=6(=第6ラウンド)と気づくまで人並み以上に時間をかけてしまったです。 トロいといえばトロい頭なんですが、ちょっとはずかしい。 サイコロを2つでMAX12ラウンドまで。考えたもんやな〜、ラスベガスっぽいの〜、とオヤジ感まるだしで愚かに感心してまいました。 こっちじゃ珍しくもなんともないのかも知りませんが、これまで数回この地でボクシングを観て、この日初めて目にした(気がついた)光景でした。 サイの組み合せが複数ある4ラウンドから10ラウンドまではどうだったのか…ちっとも覚えてません。ま、偶数ラウンドの場合はゾロ目、奇数のときは、2と3や4と5みたいな近い数字の組み合せなんだろか。もうどうでもいいんですがね。 初回の場合はどうだったっけ? 2つ並べられないから、1つだけやったかな? ん〜どうだったっけ…? 初回=試合開始前はラウンドガールが上がることはない----と気づくまで、これまた時間がかかったのでした。 …バカ男のひとりごと、おしまい。 [2004.7.16 記]
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| 2004年6月4日、ユニオンプラザ・ホテル(ネバダ州ラスベガス)にて |
デラホーヤ&ホプキンスの興行が行われた前日(04年6月4日)、明石ジムの佐竹政一がラスベガスで試合し、快勝しました。MGMからはちょっと遠い、ダウンタウンにあるユニオンプラザというカジノホテル(どこもカジノホテルだけど)でした。 当初の相手だったソウルデュラン(メキシコ)の奥さんが交通事故に遭ったとかで、直前にウバルド・エルナンデス(メキシコ)に変更されるというアクシデントもありましたが、臆することなく自身の持ち味を発揮し、見事“本場デビュー”を果たしました。 持ち味を発揮しているように見えるものを撮れなかったのがしょうもないところですが(苦笑)、「次に海外でやるときは世界戦の舞台で」といったコメント、堂々としたもんで、頼もしい限りです。 結果はご存知の通り6回TKOでの勝利。エルナンデス、もう少しできたんじゃないのか…の感もありましたが、まあしょうがないっすな。 層の厚いこのクラス(S・ライト級)で、アメリカで名前を轟かせる日が来ることを楽しみにしたいっす。C級ボクサーさん、手合わせ願ったら? …って、いくらなんでもかないませんワな。 9月に行われる、地元での一戦を楽しみにしましょう。 [2004.7.9 記]
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| 2004年6月5日、MGMグランドガーデン(ネバダ州ラスベガス)にて |
オスカー・デラホーヤ(1973年2月生まれ)より8歳年長のバーナード・ホプキンス(1965年1月生まれ)。 こっちのほうが若く見える…というか、この写真じゃそこまで表現できてないどころかちっとも死刑執行人ぽくないですが(苦笑)、要はGOLDEN BOYほど老けて見えなかった、ということ。 それにしても、もう半年ちょっとで40歳っすよ。日本じゃ定年とか言われちゃう年齢です。 どう考えてもボクサーとして若いとはいえないのに、かといってそれなりの年齢に見えてしまうほどの「老け」は感じられない…。 “増量”してきたボクサーなんか寄せつけない、ナチュラルなミドルウェートを維持している−−あのトリニダードすらワンサイドでハネ返されたほどの様々な「厚み」は、やっぱり侮れないんですなぁ。 階級も団体も乱立して(WBCはどうなっちゃうんでしょ?)、複数階級制覇の価値が薄まりつつある中、1クラスの王座に君臨し続けることで表現する「強さ」。近頃新鮮に思えます。 9月18日のデラホーヤ戦、やっぱりこの男が有利だと思います。 [2004.7.5 記]
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| 2004年6月5日、MGMグランドガーデン(ネバダ州ラスベガス)にて |
こんちは。 撮っとこイノ太郎(ある野球ライターさんの命名)です。このたび、ajidan氏に対抗して、こんなこと始めることになりました。更新ペースは…わかりません(笑)。 ゲイジュツを気取ることもあるかもしらんし、なんとなく撮ったテキトーなカットを載せることもあるかもしらんですが、どうかご愛顧を m(_ _)m 初回、そして何回目かまでは、まだ記憶に新しい今月…いやもう先月になっちまったか、ラスベガスで。デラホーヤが6階級制覇(意義や階級ごとの重みに関しては諸々意見あるでしょうが…)等々を“取材”してきたときのものを。 まずは主役のGOLDEN BOYから。 ひとことで言って、老けというか老いを感じました。トップレベルで丸10年闘い続けてきた証とも表現するべきなのか、30の坂を越え、年齢相応に見えるようになってしまったようです。 私なんかが言うまでもなく、ホプキンスに勝てそうな雰囲気は…この日の試合を観る限り、感じられなかったですね。 同じカット、実は『野球小僧』のHPでも載せちまってます。“野球写真館”なのに、なぜかときどき野球以外のカットも載せるコーナーです(笑・担当私)。もうこっちとはダブらせません。 [2004.7.2 記]