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編集部より
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◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
昼時である。
家庭やオフィスに弁当を届けるデリバリーサービスの軽トラックやワゴン車がひっきりなしに通る。
もしや、中の一台が門前で止りはしないか。カラフルな制服をきた若い子が、元気な声を発して、ランチを届けに来はしまいか。極上のサーモン・ステーキは無理としても、ハンバーガーなら、たやすいだろう。電話一本入れておいてくれたなら間違いなく届く。ほかほかのハンバーガーと冷えたドリンク。それらと一緒に旦那様一流のジョークで、身のほどを知れ、なんていうメモがついていたりして。
ジョナサンは腰をかがめて雑草を引き抜きながら、耳を澄ませていた。門前のほうを注視しながら、時折、背を伸ばして、道ゆく車を盗み見た。
背後に気配を感じて振り返った。
ボブだった。腹の具合がおさまって、洗車をしているものと思っていたボブがすぐ後ろにいた。うつろな目をしている。
ジョナサンはびくりとした。おかげでうわずった声になった。
「な、なんだボブ、お前、な、なにをやってるんだ、クルマ洗ってたんじゃないのか」
「そうだけどよぉ、だめだよぉ」
「何がだめなんだ」
「何がだめって、そんなこと分かってんじゃねえか」
「わからんよ。まだ腹がおかしいのか」
「そうじゃねえよぉ。おれは朝からなんにも食ってねえんだよぉ」
「当り前だろ、あれだけ腹が痛いって呻いていたんじゃないか」
「そうだけどよぉ、もう治ったよぉ」
「治るわけないだろ」
「治ったよぉ。あんたから貰った薬でもう治ったよぉ」
「腹を下したときはな、しかるべき薬をのんで、あとはなにも喉を通しちゃいけないんだ」
「ンなこと言ったってよぉ、腹がへって腹がへってどうにもなんねえよぉ」
「がまんしろ」
「ンな、無理だよぉ。さっきだってキッチン行ってみたけど、戸棚にゃみんな鍵かかってるし、冷蔵庫だって開かねえし、ゴミ箱ん中ぁ、からっぽだしよぉ」
「きょうはゴミの日だ」
「賄いの仕度は出来てねえし、あんたはいねえし」
「わたしだってあれこれ忙しいんだ」
「わかってるよ。だけどさあ、ああ、頼むよ。なんか食わしてくれよぉ。もう昼だよぉ、昼、昼、昼めしだよぉ」
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「ンな、殺生だぜ。なあ、頼むよ、この通り、なんでもいいから食わせてくれよ」
ボブは両手拝みで訴えた。
ジョナサンは無視して街道へ目を遣った。弁当屋がまた一台通り過ぎていった。
「なあ、ほんとに頼むよ。おれ、ほんとに腹は大丈夫だからさ、このまんまじゃ、おれ、ぶっ倒れちまうよ。なあ、頼むよ、なあ」
次々に車が過ぎてゆく。
べつにハンバーガーが食いたいわけじゃない。ご馳走になりたいわけじゃない。わたしごときに約束を守る旦那様が見たい、それだけなんだ。世評とはちがう律儀な旦那様を待っているだけなんだ。でもやっぱり旦那様は旦那様なのか。淡い期待をいだいたわたしがばかなのか。旦那様のたわむれをわたしが勝手に約束だと思い込んでいるだけなのか。いつまでわたしは甘ったるいことを考えているんだろう。
「旦那様はドン・キング」
ジョナサンはうっかり声に出してしまった。
「なにを言ってんだよぉ。旦那様はドン・キングに決まってんじゃねえかよぉ。奥様は魔女で将軍様は金正日、旦那様はドン・キングだよぉ。そんなことより、なあ、頼むからなんか食わしてくれよぉ。なんでもいいから、なあ」
ボブは肩を揺らし、だらりと下げた腕には震えがきていた。目は据わり、半開きの口からはよだれが一筋、無精ヒゲにさえぎられて止まっている。
ジョナサンはうつろな表情で街道を向いていた。
また一台、のぼりをはためかせて、宅配サービスの車が目の前を通過していった。
《了》
▼参考資料
『ドン・キングの真実 ONLY IN AMERICA』
ジャック・ニューフィールド著 公庄さつき訳(1996年7月刊/星雲社)
『リングサイドの帝王/ドン・キング・ストーリー』
※上記同名テレビ映画=1997年アメリカHBO製作
『ボクシング・マガジン』(ベースボール・マガジン社)
『ワールド・ボクシング』(日本スポーツ出版社)