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◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さてさてお集まりの皆さん、本日はお忙しいなかご足労願い感謝申し上げる。皆さんの日ごろのご苦労に、ささやかではあるが報いんと、かような席を設けた次第でありまして、見たところ欠席者は一人もなく、全員無事お揃いのようで、加えて新しいお顔も2、3お見受けして、天気晴朗、まことにめでたい。このあとすぐに皆さんのために料理長が腕によりをかけた、美味なる広東料理のフルコースをご堪能いただくことになっておりますが、その前に不肖、ドン・キングがご挨拶申し上げる」
言葉を切って、キングは悲しげな表情で一同を見渡した。
「ご存じの方が数多くおられるだろうが、長年にわたって、私はひどい誤解と迫害をうけてきた。今もってそれは続いている。いかなる誤解か、いかなる迫害か、ここにご列席の皆さんには説明するまでもないことだが、それは肌の色が違う、という実につまらぬ、根も葉もないことから始まっている。黒人であるということに端を発して、何もしていないのにハナから悪者扱いされて、善かれと思って何かすれば悪魔だペテン師だと言われる。悲しいことだ。まことにもって悲しいことだ。皮膚の色が黒いことは悪いことか。なぜ悪いのか、本当に悪いのか。生まれながらにして悪いということがあるのか。物心ついてから私はそんなことばかりをずっと考えてきた」
口調が熱を帯びてくる。
「そして私は辿りついた。ここはどこだ、どこだどこだ、アメリカだ、アメリカアメリカ。神の国、愛の国、平和の国、自由の国、アメリカだ! 私はこの素晴らしい国に生まれた。それに気づいたとき、私に神の啓示があった。あれはまさしく天啓だった。その証しの一つが、皆さんよくご存じの、私のこの逆立つ髪だが、そのとき私は決心したのだ。意味なく虐げられる仲間を救うべく、私は神に仕える伝道師になることを…」
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「虐げる者をやっつけるのではない。復讐のために立ち上がるのではない。すべて水に流して、ただただ理不尽に傷つけられてきた仲間に救いの手をさしのべるために、私は神に仕える伝道師になることを誓ったのだ。私が過ごした屈辱の日々、数々の差別も言い知れぬ不安も、それらは想像を絶するものであったが、それらをみな消し去って、私は私のためではなく、かつての私と同じ、不幸な境涯にある仲間のために、彼らを救い出すために、私が在ることを知ったのだ。神が教えたもうたのだ。キング、お前しかいない、やりなさいと。アメリカなればこそ、憎しみは愛に変わり、すべての人が同胞となり、兄弟愛という共通の、大きな大きなテーブルを囲むことができる。そのことをあまねく伝えなさいと。
数多の血を流し、幾多の涙にくれ、いまもなお世の中の片隅に追いやられ、人知れず唇を噛んでいる者がある。声を殺し泣いている者がある。その瞳は憎悪に満ちている。あきらめに覆われている。愛に満ち溢れた素晴らしい国で、こんなことはあってはならない。繰り返されてはならない。未来永劫あってはならない。心豊かな皆さんを前にして甚だ恐縮ではあるが、あえて私はもう一度言う。ここはどこだ、どこだどこだ!」
キングは会場へ厳しい視線をとばしてから、一人の男を指差した。
「委員長、ここはどこだ?」
指名された男は、ふいをつかれてうろたえたが、威厳を保たんと咳払いをひとつして、おもむろに立ちあがり、緊張の面持ちで応えた。
「こ、ここは、あなたの街です、あ、いや、こ、ここは、ア、アメリカ、じ、自由と平和と、えっと、愛と、か、神の国、ア、アメリ」
「そう、アメリカだ。アメリカ、アメリカ! 博愛精神にあふれた、気高い理想国家アメリカ。しかるに現実はつらく悲しい出来事があとを絶たない。貧困、ドラッグ、暴力、差別、虐待。何が彼らをそうさせたか。それでも私はあきらめない。決してあきらめない。なぜなら私はアメリカを信じているからだ。アメリカの可能性を信じているからだ」
会場はしーんと静まりかえっている。大多数の者はこうべを垂れている。わずかに2名、新参がキングを見つめて聞き入っている様子である。
「私が感謝祭にまっさきにやることは、諸君、何んだと思う? 貧しい家庭へ七面鳥を贈ることだ。私なりに出来うる精一杯のことだ。彼らはひっそり暮らしている。日々耐えて生きている。そんな彼らの笑顔を見るのが私は大好きだ。笑顔は美しい。子供の笑顔は殊に美しい。なにものにも代え難い。しかし、その笑顔の裏側には果てしない暗黒が横たわっていることを我々は認識しなければならない。穏やかに見える海でも、底には激しい潮の流れがある。海水がいたるところで渦まいている。我々にはその渦に翻弄される人々を救いだす義務がある。
私が毎年毎年七面鳥を贈りつづけるのは、いつかきっとその渦が止んで、本当の笑顔に出会えることを信じているからだ。私は決してあきらめない。真実を追求しなければ気がすまないのが私の性分だから、私はくじけずに一歩一歩地道に努力をかさねていくつもりだ。アメリカという素晴らしい国に生きているかぎり」
ぱらぱらと拍手がおこった。
「ここラスヴェガスも年々人口が増加している。それに伴い犯罪も増えてきている。残念なことだが、私はアメリカの可能性を信じているから失望なんかしていない。私は失敗を恐れず、愛と正義の御旗のもと、日々精進をかさねている。
これからはこの街にも麻薬更生センターを作り、青少年教育指導機関を設け、消費者相談窓口を開設する考えがある。おれおれ詐欺やヤミ金融に苦しむ人にはいつでも相談にのろう。失業者にはすすんで就職の斡旋もしよう。介護にも力を入れよう。激増している偽造紙幣やクレジットカードの被害に遭われた方には救済の手続きもしよう。環境問題にも最大の配慮をしよう。そして世界に冠たる歓楽街とは別の、地域密着の豊かな街作りに励もう。争いのない平和な世界、人が豊かに暮らす理想郷、それをここラスヴェガスに諸君と一緒に創出していきたいものだと、今日も道すがら考えてきた」
再びちぐはぐな拍手がおこり、満足げなキングの顔色を読んで、それは万雷になった。
「ありがとう。ありがとう!」
拍手が鳴り止むのを待ってから、キングは左手にはめた金ピカの腕時計を見た。
「や、失礼した。昼をまわっている。信頼している皆さんの前だから、つい話に熱がはいって本音を吐いてしまった。本当は明日のボクシングのことを喋るつもりだったんだが、時間ですな。無粋は慎まねばなりませんが、もう一と言、お許しあれ。
私は長年ボクシングに携わってきたからよく分かる。こんな素晴らしいスポーツはない。愛と勇気と希望にあふれている。どれだけの人間がボクシングによって愛を感じ勇気をもらい希望を抱いたか。おのれを信じること、誇りを持つこと、あきらめずに頑張ること。聡明な皆さんを前にして、あらためて申し述べることではありませんな。わかっているとは思いますが、幸福という名の夢がぎっしり詰まったボクシング。皆さん、いついつまでもよろしく頼みますぞ。さあ、それではお待ちかねの料理をご賞味あれ」
やれやれという空気がただよった。控えていたボーイが次々に大皿を運んでくる。
それをしおに会場が和もうとしたとき、さがったばかりのキングが足早に元の位置に戻ってきて、睨みをきかせた表情と野太い声で言った。
「言い忘れた。諸君、この世の中で一番悪いことは何か。それは、人を裏切ることだ。ゆめゆめお忘れなく」
→ つづく