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寒いソウルから帰国したのち、2月のある朝、通勤電車の中で見ていたスポーツ新聞に「ルイス、南アで防衛戦」との見出しが目に飛び込んできた。それまでにも南アフリカで試合は開催されていたが、観に行きたいと思うほどの機会というか対戦カードはなかった。 しかし世界ヘビー級タイトルマッチであれば行くにふさわしい絶好の機会であり、そしておそらくは最初で最後のチャンスだ! と考えつくまでに大して時間はかからなかった。早速上司に休暇の相談(=行きますという報告)をし、旅行代理店に問い合わせたが、どこも自分が希望する3泊5日の行程では予約できず、最短でも6泊8日からという条件…。早くもカベにぶちあたってしまった。GW前という時期でもあり、そんなに長く休めるはずもない 残る最大の問題は、試合の観戦チケット手配だ。仕事を済ませたあと、職場の同僚とインターネットで悪戦苦闘してリサーチすること約2時間。「Ticket Web」というサイトを発見し、クリッククリックしていくうちに、目指す「ルイスvsラクマン」の詳細が表示された! チケット料金はもちろん、座席表から試合開始時間などの情報もきっちり書かれている。まさしく“ビンゴ”だった。ちなみにチケット料金は5,000ランド(約75,000円)〜750ランド(約11,250円)だった。 この作業につきあってくれているだけの同僚と違い、自分は感激していた。すごい時代だな、と。遥か遥か遠くの、南アフリカで行われる興行のチケットが探せるんだもんなぁ…。 アフリカといえば。1974年当時にいまの環境と年齢だったら「アリvsフォアマン」戦にはやはり行きたがっただろう。まあしかし、30年近く前じゃネットでチケット検索なんてできなかったか…。 感激に浸る間もなく、購入画面になかなか飛べず、さっそくお手上げ状態に。もう売り切れたのか? という不安がふくらむ中、カタコト英語で問い合わせメールを送信した。 数日後、ハムレットというスタッフから返信があった。「残りは4枚」で、取り置きはできないとのことで、クレジットカードを持っていない自分はすぐに送金しないといけないようだった。入金確認次第、予約が完了するということだったが、焦った。なぜなら、翌日は「ハメドvsバレラ」戦を観戦するためにラスベガスに出発する日だったから。 仕事中こっそり銀行へ走ったはいいが、南アフリカへの送金なんて扱っていなかった。扱っている可能性があると教えてもらった銀行まで息も絶え絶えに走り、送金はできることが確認できてホッとする間もなく、「送金はできるけどランドという通貨では無理」。考えてるヒマなんかないので、この日のレートで換算されたUSドルで送金した。 そしてすぐに最寄りのコンビニへ。こんどは送金の確認書をFAXで送るよう求められていたからだが、ほどなく送られてきたメールには、無情にも「残っていた4枚は売り切れた」のメッセージが…。あんなに走り回ったのに、パーなのか!? めまいがするような喪失感に襲われながらも、気になる文面が最後にあった。「来週にはまたチケットが入ってくるだろう」と。売り切れてるんじゃないんか? 釈然としないままラスベガスへ発ったのだった。しかし売り切れてチケットが入手できないのは仕方がないとして、カネは当然返ってくるよな…と真剣に悩んだ。
しかし“ここでダメなら諦めるしかないか”という最後の一社で希望通りの予約が取れた。まだまだツキがあるとニンマリしたはいいが、ちょっとした苦労の始まりでしかなかった…。
「ハメドvsバレラ」戦を観てきた満足感もどこへやら、の状態で帰国するも、メールは届いておらず、不安な数日が空しく過ぎた。待ちに待ったハムレットからのメールは、13日の金曜日にやってきた。「チケットが確保できた」という朗報だった。人生最良の13日の金曜日であった。どこをどう流れたのかはもちろん知らないが、現地の会場でチケットをピックアップするための予約番号を受け取れたのは、出発当日の昼という、ギリギリ綱渡りなものだった(それも、成田空港から同僚にメール確認をしてもらったおかげ)。
ヨハネスブルグは世界でも屈指の、犯罪発生率が高い都市として有名らしい。数日前に見たドキュメント番組によると、強盗が何分に1件、殺人も何分に1件発生しているとかいうデータを見ていたから、自分からわざわざ危険地帯へ飛び込んでいくような気分だった。いつもなら目もくれない保険にも今回ばかりは加入して、出かけた。
成田を飛び立って経由地のシンガポールまで約7時間。新しくできたばかりの空港で、きれいで広々としていた。到着した6時頃からヨハネスブルグ行きにが出発する12時半頃(夜中)までは退屈だった。長かった…。
ヨハネスブルグに着いたのは早朝。周りはみんなリラックスしているのに、自分だけ(たぶん)が着陸が近づくにつれ、手に汗握るほど緊張していた。あとでわかったのだが、ヨハネスブルグでおりるのはほんのわずかで、あとはほとんどケープタウンへ向かう人たちだった…。
通関後、ユースのスタッフ、アルフレッドが迎えに来るのを待つこと2時間、彼の車で向かったのは、治安の悪いダウンタウンを避けた、郊外にある街サントン。ユースに着いてまず目に入ったのが入口の鋼鉄の自動ドア。さらに建物を囲む壁の上には有刺鉄線があった。平穏に見えたが、やっぱりけっこう物騒なのか…とまた不安になった。
チェックインすると、職場の同僚からのメールを受け取った。日本語じゃ文字化けするからか、「BUJI NI TSUITAKA?」みたいな文言だった。OKAGESAN DE BUJI NI TSUKIMASHITA YO。荷物をおいて近くのショッピングモールへ出かけたが、長時間移動と時差ボケでかなりくたびれていたので、戻ってすぐに寝た。
翌朝早く、2羽のニワトリによる「コケコッコー!!」の輪唱で起こされた。迷惑なニワトリどもだったが、のどかでいいなぁとも感じた。まるで農場だ。この日は観光ツアーに参加。まずはソウェトと呼ばれる地区。“ソウェトのバラ”と呼ばれた元世界チャンピオン、ディンガン・トベラの故郷である。
今も貧困から抜けだせないこの辺り一帯は、掘建て小屋が見渡す限り連なっていた。しかし子供たちは明るく元気。観光客を見慣れているのか、無邪気に手をつないでくる子もいればブルース・リーの話を始める子、どこで手に入れたか韓国のコインを見せる子…等々、アパルトヘイトによる差別があった変えがたい現実も、こういう邪気のない様子を見ると少し和らぐ。
続いてマンデラ元大統領のその昔住んでいたという家に行った。こじんまりとした質素な家だったが、WBCのチャンピオンベルトが飾られているのに気づいた。あのシュガー・レイ・レナードから送られたらしい。そういえば若い頃にボクシングをしていたと、どこかで聞いたか何かで読んだことがあったな。そのあと、こんどは高い壁に囲まれ、所々に監視カメラが設置された現在の家にも行った。えらい違いだ…。
次に行ったゴールドリーフ・シティは、昔の金採掘場でいまはテーマパークになっている。ヘルメットをかぶって片手にカンテラを持ち、220メートル地下へ一気にエレベーターで下りると、そこは真っ暗闇。地上と隔絶されているのを実感できる。最盛期には地下3,000メートルまであったそうだ。
トロッコ用の線路につまずきながらも奥へ進むと、ダイナマイトの模型やトロッコ、ドリルなんかがちらほら見えた。もし変な冒険心を出してはぐれたりしたら、何年か何十年かのちに白骨化して見つかり、模型と間違われていたかも。
地上に戻り、こんどは「ゴールド・ポア」という製錬所へ。金の延べ棒になるまでの過程(実演)を見学できた。金が溶かされ、釜から取り出されたときの熱は凄まじく、“瞬間日焼け”をしたように感じられた。
アルフレッドの迎えを待つ間に見た、夕陽が沈むさまは実に美しかった。
試合会場のあるブラクパンまでアルフレッドに送ってもらったが、彼は詳しくは知らないようだった。途中のガソリンスタンドや信号待ちしたときに隣のドライバーに聞いていたぐらいだったから…。
ゴールド・リーフ・シティから1時間か1時間半くらいたっただろうか、暗闇から突然明りが目に入った。近づくにつれ、はっきりと見えてきたのが、「カーニバルシティ」だった。まるでサーカステントだった。
駐車場に通じるゲートまで来たとき、係員に止められた。入場できるのはホテルの宿泊客か招待客だけだとか言っていたが、ハムレットからの“チケットを用意している”旨が書かれたメールのプリントを見せると、無事パス! しかしまだチケットを手にしたわけじゃない。カジノを通り抜け、「Ticket Web」の窓口へ。
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しかし開場は夜中2時。まだまだ5〜6時間は待たなきゃいけない現実に、再び気分は落ち込んだ。もうちょっとまともな時間にやれよ! アメリカのテレビ中継に合わせなきゃいけないんだったら、わざわざアフリカなんかでやるな(来なくたっていいのに、と言われたら返す言葉はないんだけど…)!
カジノでNBAやNHL、MLBの放送をしていたので、それを見ながら時間をつぶしていると、いつのまにやらウトウト。気持ちよくフネをこいでいたら、カジノのスタッフに起こされた。
「危ないよ。こんなとこで寝るなよ」。いいんだって、べつに。取られて困るモンなんて何もないんだから(試合のチケット以外は)…。で、再びおねむ。
アリーナの収容人員は5,500人と小規模。少ないチケットを持った人たちがやってくるザワつきで、ぼんやりと目が覚めてきた。ようやく開場時間だ。入場セキュリティを通っていよいよ会場内へ、と心がハヤっているとき、モ切り係の表情が曇り、疑惑の視線を向けてきた。一人後ろの客のチケットと反応が違ったらしい。「ここまできて偽造つかまされたのか…!?」とクラクラしそうになりながら必死で「ここのボックスオフィスでさっき受け取った」と訴えると、しぶしぶ中へ通してくれた。ほんとにヒヤヒヤドキドキものだった。
席は前から4列目、HBOの放送ブースのちょっと後ろだったが、席に座ったら座ったでまた不安に襲われた。アリにKO負けしたフォアマンがリングサイドを歩く姿を見ても興奮せず、頭の中は同じ番号のチケットを持った客が来たらどうしよう?…なんてことばかりだった。
朝5時すぎになってようやく始まったメインイベントは、5回、予想もしなかった結末を迎えた。ルイスがラクマンの右ストレートを喰ってKO負けするという番狂わせ、衝撃の瞬間を目撃できたのだった。しばらくその場を動くこともできない自分がいた。
冷静さをなんとか取り戻し、空港へ向かうために会場の外へ出ると、すっかり夜は明けていてまぶしかった。辺りを見回すと、見事なまでに何もなかった。原っぱにポツンと「カーニバルシティ」があるだけだった。来たときは夜中だったのでなんとも幻想的…くらいに感じたことを、タクシーの中で思い出していた。少しずつ現実に引き戻されながら、会場を後にした。
往路と同じくシンガポール経由で帰国した。その夜、友人何人かから電話があった。数日前から電話をくれていたらしいが、出ないので“もしや”とは思っていたらしいが、実際に現地へ行っていたと知るとさすがに驚いていた。さすがにアフリカまでは…の想像を裏切ることができて、ちょっと誇らしかった。
スポーツ紙ではアリvsフォアマンの「キンシャサの奇跡」にかけて「早朝の奇跡」と報じていた。ヒネリがないな…。