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2000年12月2日@マンダレイベイ・イベンツセンター(アメリカネバダ州ラスベガス)
「FORCES OF DESTRUCTION」
WBA/IBFウェルター級王座統一戦
フェリックス・トリニダード vs フェルナンド・バルガス
先月「ルイスvsトゥア」戦を観に行ったとき、座席のコップ受けに今回の宣伝カードが入っていたのを見て、楽しみに思ったものだったが、帰国して半月後にもうまた渡米の日がやってきた。 99年の「デラホーヤvsトリニダード」戦で知り合った兵庫県在住の知人(&その友人)とラスベガスで落ち合う約束をして、3泊5日の旅に出た。いつも以上にハードなスケジュールで…。 その夜は“死刑執行人”ことホプキンスと、“童顔の暗殺者”ことバレラの防衛戦が組まれていた。バレラが出るというので、2カ月前にメキシコで会った“元カノ”がいないか探したが、分からなかった。 ホプキンスもバレラもタイトル防衛を果たしたが、ホプキンス戦はえげつない内容で、つまらなかった。 翌日、2人に会うと、少々興奮していた。元世界ヘビー級チャンピオン、ジョー・フレージャーに、サインと名刺をもらったというのだ。フレージャーはめったにサインを書かないことで有名…なんて噂を聞いたことがあるけども、ホンモノだったのかなぁ。 この夜は、リカルド・ロペスやウィリアム・ジョッピーという、日本でも馴染みのある2人がアンダーカードに登場したが、さあメインイベントだという頃には、なぜかソワソワ。試合が楽しみでゾクゾクソワソワ…だったのではなく、実はこの試合の後、夜0時すぎのフライトに乗る予定だったから…。
待ち合わせた「ホリデイイン」で2人と落ち合い、翌日のチケットをピックアップし、ベネチアンホテルへ。名前のとおり、イタリアのベネチアをテーマにしたホテル&カジノだ。中は運河にゴンドラが浮いている…。
マンダレイベイの試合会場に入って席に着くと、先月のルイスvsトゥア戦のときとほとんど同じ場所だった。隣はやはりHBOの放送クルーで、同じスタッフだったのがなんだかおかしかった。
初回、左フック一発でバルガスがダウンする衝撃的なオープニング。1分たらずでトリニダードが勝つのかと思ったら、こんどはバルガスがダウンを奪い返す展開に、観客は大興奮。最終12ラウンド、バルガスが力尽きて試合は終了した。バルガスの驚異的な踏ん張りが、大いに試合を盛り上げた。バルガスに拍手だ。
試合終了後の大混雑を予想して、早くホテルの外へ出る練習をしていたおかげで、目論見どおりすぐに表へ出られたが、それでもまだ急がなければならなかったので、仕方なく、めったに乗らないタクシーに乗り、空港へ向かった。
なんとか、シカゴ行きの最終便に間に合った。
夜も明けきらぬ早朝にシカゴへ到着、さらにピッツバーグへと飛んだ。その昔は鋼鉄の街で有名だったところだ。バスでダウンタウンに向かい、アルゲニー川を渡ると、この年が最後の、スリーリバーズスタジアムだ。
NFL「スティーラーズvsレイダース」の試合は、ガチガチブルブル震えながらの厳しいものだった。前回(怪遊記25参照)の、これまた寒かったデンバーでの観戦に続いてレイダースは敗北し、ますます寒さを厳しく感じ、スタジアムを去った。最後ということで名残惜しい気分になって何度も振り返りつつ…。新スタジアムはとなりに、フットボール用と野球用と2つ建設されていた。
市内からバスでユースホステルに向かったが、遠くてまいった。ピッツバーグという都市の寒さにもまいった。
翌朝、こんどは「ペイトリオッツvsチーフス」を観るため、ニューヨーク経由でボストンへ。しかしニューヨークからのフライトがトラブルで大幅に遅れた。滑走路に向かう途中で左のプロペラに何かがあったようで、整備後再び滑走路へ出たときは不安だった。何もなくたってプロペラ機は不安な気分にさせられるのに…。
ユースへ着いたときは、移動の疲れで夕方まで寝てしまった。
ボストン郊外のフォックスボロへ。夜9時キックオフだったが、試合が始まる前から、昨日よりもキビシい寒さに襲われていた。雪が降っていなかったのがいくらか救いだった。テレビで豪雪の中での試合風景を見たことがあったが、同じ状況に置かれたら生きて帰る自信がない…。
試合開始当初は観客も盛り上がっていたが、地元ペイトリオッツの形成が悪くなり、敗色濃厚となると、みるみる客は減ってまた寒々しさが増した。12時をすぎる頃には、行ったことはないけど北極にいるようだった。
帰りの電車の暖房で少しずつ生気が戻った。ここも数年後には新スタジアムが建設されるという話だ。また来ることは…さすがにないかと思いつつ、照明に浮かぶスタジアムを眺めながらボストンへ戻った。
とにかくハードで、寒い旅だった。これを読んでくれているみなさん、何人いるかわかりませんが、アメリカ東部への冬の旅は防寒をしっかりと!
最後に一応、これが20世紀最後を締めくくるにふさわしい好ファイトだった…ことを書き記しておきます。
帰国後、バレラの“元カノ”に連絡すると、やはりベネチアンの試合会場に来ていたらしい…。