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■『あしたのボクシング』三好秀樹の怪遊記【23】■

2000年6月17日@ステープルズセンター(アメリカ・ロサンゼルス)

「DESTINY」
WBCウェルター級タイトルマッチ
オスカー・デラ・ホーヤ vs シェーン・モズリー

 成田空港でデルタ航空のチェックインカウンターへ行くと、かなりの人があふれかえっていた。係員によると、オーバーブッキングになっている状況とのことだった。ロサンゼルスへの到着が少し遅れるが、JALへの振り替えだったので、フライトを変更した。JALは99年の観戦ツアー以来である。

 ロサンゼルスに到着後、先に入っていた仲間3人と合流すべく、メトロレイルでダウンタウンに向かった。ちょうどこの時期、NBAレイカーズがファイナルに進出していた影響もあってか、街に活気があった。

 待ち合わせたホテルに着くと、すでに3人で待っていた。ひとりは以前にドイツ、ラスベガスに一緒に行った男で、ひとりは99年のツアーで知り合った男、もうひとりはその弟、である。

 到着したこの日は昼に郊外で世界戦が予定されていたが、野球を観に行くことにした。「ドジャースvsカージナルス」戦。当初は兄弟2人と自分と3人が乗り気で、もうひとりの彼は仕方なくという感じだったが、ドジャースタジアムに入って試合が始まると、その彼が誰よりも感激してした。自分ら3人、特に自分はウトウトウトウト…。着いたばかりの時差ボケ状態に襲ってきた睡魔は強かった。そんな状態で耳に入ったのが「ここにいる人たちっていいですよね。最高レベルの試合がこんなに身近でいつも観られるんですから…」

 人はわからないものである。目が覚めるキッカケになったのは、またしてもマグワイアのホームランだった。またしても、というのは、96年にミネソタで、アスレチックス時代のマグワイアが打つホームランを観たことがあったから(このときも起こしてもらった)。

 試合終了後、数少ないタクシーをつかまえてダウンタウンにあるステープルズセンターに直行した。ここはNBAのレイカーズ、クリッパーズ、NHLのキングスの本拠地だ。


 メインエントランスには赤いじゅうたんが敷き詰められ、カメラが何台も設置されていたので、ハリウッドの有名人が現れると思って野次馬集団に加わっていたが、なかなか来ないのでさっさとあきらめた。

 さて、メインのこの試合、スピード感あふれるスリリングな好ファイトだったと聞くが、自分は最後列の席にいてよく見えなかったため、いまだに試合を観戦した実感がない。

 試合後、兄弟2人と会場を出ながら歩いていると、別の席で観ていたもう一人の仲間も一緒になった。なんとこの男、デラホーヤの親父さんに試合直後にサインをもらったという。息子が試合で負けたその場で、しかも試合直後にサインをもらうというのはどうなんだろ。くれたんだからいいのか…。しかしいくらなんでも遠慮すべきところだろう、と思わずにいられなかった。言わなかったけど。

 翌日、兄弟2人は帰国した。残ったもう一人の彼と朝食をとり、その日にも予定されていた世界戦へ行こうとしていたが、中止になったようだった…。

 次の日、一緒にロサンゼルス空港へ向かった。彼は帰国するため、そして自分はフェニックスへ行くために…。

「ダイヤモンドバックスvsパドレス」戦は、あのランディ・ジョンソンが先発だった。来てよかった。その翌日はシンシナティで「レッズvsロッキーズ」戦。このとき、売店の近くを歩いていた際、日本人らしき人に声をかけた。偶然、広島出身の人だった。

 また翌日、こんどはモントリオールまで行って「エクスポズvsパイレーツ」戦を観戦。雨が降っていたので駅で雨宿りしていたら、日本語のガイドブックを見ている女性がいたので、またしても声をかけてしまった。野球好きだというジュンコさんというその女性と一緒に観戦した。

 その夜は…手持ちの残金がほとんどなかったのと、次の日の帰国便が早かったので、ドーヴァル空港で過ごした。

 この頃から、空港で寝たりする“強行軍”はツラくなったな…と実感しはじめた。このあと幾度もやるんだけど…。


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