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■『あしたのボクシング』三好秀樹の怪遊記【20】■

2000年2月19日@マンダレイベイ・イベンツセンター(アメリカネバダ州ラスベガス)

「CHAMPION vs CHAMPION」
WBC/WBO 122 LBS 統一戦
エリック・モラレス vs マルコ・アントニオ・バレラ

 昨年12月に続いて、同じ彼と観に行くことになったが、彼が先にラスベガス入りする予定だったので、試合当日のMGMグランドのライオン前で待ち合わせを約束しておいた。

 ちょうどこの時期、仕事が多忙のため、出発前の2日間は徹夜になってしまった。出発当日の朝、勤務先から一度帰宅し、荷物の準備をし、風呂に入った。ここで寝ると起きれない可能性もあったので、そのまま出社した。昼まで仕事を続け、予約していた歯医者に行き、戻るとさすがに成田空港へ出かけなければという時間に迫っていた。ギリギリまで粘り、残り仕事を同部署の人に託して空港へ向かった。

 チェックインカウンターに着くと、職員がトランシーバーでゲートと連絡をとり合う程、出発時間が迫っていた。すぐに出国してゲートに向かうようにとの指示に従い、何とか搭乗に間に合い、ホッと一息。

 しかしそれも束の間、気が付いたのが両替のことだった。両替どころか、元になる日本円すら引き出していなかったのだ。慌てていたため完全に忘れていた。しかし時既に遅しで、出国した後ではどこにもCDはないとのことだった。とりあえず前回の残り100ドル少々でしのぐしかなかった…。

 ふだんは機中でほとんど眠れないが、このときばかりは睡眠不足のため、離陸にも気づかぬほど眠りこけた。

 ロサンゼルスに到着後、バート(98年、フランスで会ったアメリカ人=怪遊記12&14参照)に連絡するも、いきなりだったため仕事多忙とのことだった。ローラ(同じく=怪遊記12&14参照)は病院にいるとのことだった。教えてもらった電話番号にかけ、カタコトの英語で2回ほど、内線で回してもらったあと、なつかしいローラの声が聞こえてきた。

 彼女自身は元気だと言っていたが、あまりにも弱々しい声だった。理由を聞くも、答えは全く理解できなかった。最後にローラが言った「バートにもう一度電話して、空港でピックアップしてもらい、泊まっていきなさい」の言葉はうれしかった。しかし留守電だったのでメトロに乗って、南のロングビーチまで出かけた。

 車中、平気で居眠りしていたものだ。夕方、空港へ戻るメトロの車中でも居眠りしていたため、何度も乗り換え駅を通過し、行ったり来たりの連続だった。最後は席が空いていても立っていたのだが、それでも危なかったほどだった。


 夜、空港で改めて、バートに連絡するも,同じ状況だったので待っているターミナルのゲートをメッセージに残しておいた。結局バードと再会することは出来なかった。元々ホテルに泊まる程、お金が無かったので翌朝のラスベガス行きのゲートの前で寝て過ごすことにした。

 夜中、ラスベガス行きの最終便が出発する時になって呼び起こされた。乗り遅れるのを心配してくれた搭乗客だった。親切な人もいるものだ。翌朝の便に乗る、と事情を説明すると、彼は機上の人となった。その後も空港の清掃のため、場所を移動させられたりと落ち着かない一夜だった。

 ラスベガス到着後、ストリップへ向かうバスがMGMの前の交差点で停まった時、窓から待ち合わせの彼がいるのに気付き安心したものだ。

 再会は果たしたものの、その後の行動の意見が合わず、ベラッジオ前の湖のほとりで地図を広げて立ち話したのを覚えている。

 さて肝心の「モラレスvsバレラ」戦は、最初から打ちつ打たれつのスリリングな好ファイトだった。ただ一つ残念だったのは、採点が、誰もが思った結果と違っていたことだ。2人で不満をもらしながら会場を後にした。

 おみやげにチョコレートを買って成田空港に着いた時、残った所持金わずか3ドルというギリギリの旅だった。ゆとりというものは大切だ…と痛感した。


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