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出発前日までとにかく忙しかった。毎日終電で帰っていた。そんな、出発一週間くらい前のある晩、駅の北口から歩いて進んでるとビデオレンタル屋の前で自転車に乗ろうとしている人がいた。 実はこのころ、ある不安を抱えていた。一番肝心のチケットが手に入っていなかったのである。いつものブローカーによると、市場に売り出している人がペアの席をバラしては売らないからであった。バラされたチケットを購入できたのは、出発当日の朝という冷汗ものであった。 この試合は9ヶ月前の引き分けに続いてのリマッチだったが、ヘビー級にしては退屈なファイトのまま終了し、判定でWBCチャンピオン、ルイスの手が上がった。この日はアンダーガードに3試合、世界タイトルマッチが組まれていた。その中には、WBAライト級チャンプ、ステファーノ・ゾフもいた。 その挑戦者が、98年4月にソウルで見たヒルベルト・セラーノであったのには驚いた。しかし、その7ヶ月後に日本で畑山隆則とのファイトを見ることになり、セラーノを3ヶ国で見るという偶然。知らず知らずのうちに追っかけになっていたみたい。 そう、11月13日といえば自分の誕生日。ということもあって、WBA・IBFチャンピオンのホリフィールドが勝つシーンが見れなくて残念であった。まあ時差の関係で日本は14日になってたんだけど、まあいいか…。 翌朝、サンフランシスコへ飛び、オークランドでNFL「レイダース VS チャージャーズ」を見に行った後に帰国の途に着いた。更にこの後、どこかの国でまたセラーノが登場してくることがあるんだろうか?
別に不思議な光景ではないのだが、ただ顔を見た時はお互いにビックリした。9月にツアーの参加者の人にラスベガスで紹介してもらったSさんだったからだ。まあ、家が近いということは知っていたが驚いた。しかしあの時紹介されていなかったら知らない人同士ですれ違っていたと思うと不思議な感じである。結局近所まで話しながら帰ったのを覚えている。