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ついに、待ちに待った両者の試合だった。正式発表後、いつものブローカーに電話すると、今回は一般向けのチケット発売がないらしく、入手が極めて困難、との回答だった。 数日後、ある男から電話がかかってきた。驚いたことに、エルパソのユースで同部屋になり、誘って一緒にデラホーヤのファイトを観に行った、あの時の彼だった(怪遊記【13】参照)。なんでも、自分に誘われて行ったのがきっかけでボクシングにはまってしまったそうだ。きっかけがどうであれファンが一人増えて嬉しかった。 そして今回のファイトを観に行きたいとの相談だったが、自分自身もチケットに困っていたので役に立てなかった。行くのを諦めるか、30ウン万円も出して観戦ツアーに参加するか…。迷いに迷った末、結局ツアーに参加することにした。費用はかなりかかるが、もしかしたら横のつながりが広がるかもしれないと頭を切り替えたのだ。 ラスベガス到着後、宿泊先の「スターダスト」で同部屋になった人は、カナストータの殿堂でマービン・ハグラーにサインを貰ったとかいうツワ者だった。試合前日、「エクスカリバー」から乗ったトラムで、たくさんの関係者と一緒になった。どうやら会場のイベンツセンターで公開計量に行く途中だったようなので、何気なくついて行った。 試合当日、ホテルからバスで出発する前にツアーコンダクターから知らせがあった。追加料金で前の席のチケットが用意できるというものだった。しかし自分には興味がなかった。たとえ最後列でも、会場に入って観られること自体がぜい沢だと思っていたからである。 しかし、他の人たちは、まさしく血相を変えて争奪戦をくり広げていた。希望者が多かったので抽選方法でモメていたのだ。 一人座って前座試合を観ていると、隣だったはずの彼が戻ってきた。“新しい席を用意するので、友達も一緒に連れて来なさい”と係員に言われたようだった。ついていくと、どんどん階下へ降りて行き、ついにはリング付近まで来た。びっくりししつつ期待したが、やはり甘かった。反対側へ行くために降りただけだった。 それでも、用意されたのは中段辺りのPRESS用の席だった。その場で改めて新しいチケットを受け取った。血相変えていた他の人たちは少しで前に座れるべく数枚のチケットを争っていたが、その彼らより席が前なのは明らかだった。 謙虚にしているとこういうこともあるのだと感じた。 試合はというと、前に出るIBFチャンピオンのトリニダードと、それを足でかわすWBCチャンピオンのデラホーヤという、退屈なつまらないファイトだった。 試合後、席を替えて一緒に観戦した彼が、このファイトにツアーでなく個人で来ていた友人を紹介してくれた。ちなみ彼らがブローカーから入手したチケットは、最後列で約1,500ドルだったそうだ…。ハードロックカフェで夕食をとりながら、試合の不満を言った覚えがある。食後別れ際にお互いの住所を交換して驚いたのが、一人は上池袋の方で、自分の住んでいる所から北池袋を挟んだ反対側のいう近さだった。 ホテルの部屋に戻ると別室のツアー仲間が集まり、やはり不満をぶつけ合っていた。自分に気づいた一人が、席に不在だったので心配していたそうだ。中段あたりで観ていたのを最初はごまかしていたのだが、めざとい一人が自分のチケットに気付いたのだった。 半券が切り取られていないうえに、料金表示も「0ドル」だったのだ。 最後には全部コトの成り行きを話さざるを得なくなった。誰もが驚くのも当然だったろう。その夜、みんなデラホーヤの闘いぶりを「バックギア全開!」と表現していたが、翌日の地元新聞も、「BACK FIRE(迷噴射)」の見出しだった。
会場に着いたとき、リングアナウンサーの紹介でちょうど両者が順番にはかりに乗るところだった。緊張の瞬間であった。が、前に陣取っていた若い女性達が大騒ぎだった。なぜならWBCチャンピオンのデラホーヤが最後のパンツ一枚を脱いでいたからであった。日本では見られないような光景だった。
マンダレイベイに到着後カジノを通ると、イベンツセンターへの通路は人でごった返していた。有名人に会えることを期待したツアー仲間とは途中ではぐれてしまったので、席が隣同士の人と先に会場に入った。席まで行ってみると、自分の番号で終っていて隣の番号の彼のところは、席自体が存在していなかったのには驚かされた。係員を呼びに行って、それを確認すると、彼は係員とともにどこかに行ってしまった。