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初めてアメリカ以外へ来た。韓国だ。 それまではNFLやMLBが中心だったため、アメリカだけだったが、ちょうどその頃、他の国にも行ってみたいと思い始めていた。世界各国で開催されているボクシングならば、その思いも可能と思った。 雑誌に、崔が畑山戦の前、3月にソウルで指名試合を行う予定とあった。ただ韓国では、よく延期があると聞いていたので、最初に観光局に問い合わせた。しかしボクシングのことまでは分からないようで、韓国の新聞社の東京支局を紹介してくれた。 早速その支局に電話すると、親切にも調べてもらえたお陰で試合は4月18日に延期になっており、ソウルヒルトンでの開催と分かった。危ないところであった。今回は、以前ソウルに行った経験のある専門学校時代の講師が一緒だったので少し不安は解消された。渡韓前ひとつ注意されたのが、戦時中の影響で日本語の分かる年配の人が結構いるから会話には気をつけた方がいいとのことだった。 初日はフライトが夜だったので、講師と一緒の「アストリアホテル」に宿泊。翌朝、自分はもっと安いオンドル部屋の旅館に移った。その後チケット購入の為、ソウルヒルトンにおもむいた。南山の中腹で近くに見え、歩いて登ったが大変だった。 フロントでボクシングのチケットと伝えたにもかかわらず、席の確認をと思いコンシェルジュに聞くと、何とそれは空港行きリムジンバスのチケットだったのだ。払い戻しをしてもらい、改めて準備中の会場に案内してもらったが、チケット担当が昼食のため、不在だった。親切にも、コンシェルジュのユウさんが、試合当日チケットを用意して待っていてくれるとのことだった。 その後、講師と共に当初予定していた仁川市へ、プロ野球を見に行った。地元の人たちには失礼だが、日本の都市対抗野球のような雰囲気もあり、自分には退屈だった。実際眠たかった。 講師はゲーム途中、市内観光に行くというので駅での待ち合わせを約束して、自分は球場に残った。残念ながら、試合の内容は何も憶えていない。 会場は、結婚式に使われるような広間だった。中に入ると早い者勝ちの自由席だったので、空いている席を探すのが大変だった。言葉に困っている自分を見て、日本語で年配の人が空いている隣りの席を教えてくれた。 序盤から劣勢のチャンピオンだったが、中盤にスタミナ切れし始めた挑戦者をチャンピオンが逆転KO勝ちという劇的な幕切れだった。 試合後、初対面の隣のキムさん夫婦と昼食に行った。翌日、仁川市でボクシングがあるというので、その夫婦と見に行ったのだが、そのキムさんがレフュリーをしていたので驚いた。講師は授業のためとかで一足先に帰国していたので、その後は一人で市内観光と、最後に蚕室(チャムシル)でプロ野球を観た。一人で歩いて実感したのは、今までは一緒だった講師をいかに頼っていたかである。ハングル語が全く理解できなかったのでけっこう困った。 不思議な感覚に陥ったのは、姿など外見は日本人とあまり変わらないのに言葉がまったく通じなかったことか。街で地元の人に間違われて道を聞かれたとき、姿、外見は全く違うドイツ人と英語で少し会話できたことに安心したものだった…。
試合当日、昼前に「ヒルトン」へユウさんを訪ねて行った。時間も早かったのでチケットを受け取り、ホテル内で開場を待っていた。そこへジョー小泉さんの姿が見えたので、ずうずうしくも話しかけてしまった。小泉さんいわく、挑戦者はパンチ力もあり、チャンピオンも危ないかもしれない、とのことだった。