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■『あしたのボクシング』三好秀樹の怪遊記【8】■

1997年6月28日@MGMグランドガーデンアリーナ(アメリカネバダ州ラスベガス)

「THE SOUND AND THE FURY」
WBAヘビー級タイトルマッチ
イベンダー・ホリフィールド vs マイク・タイソン 2

 延期発表から不安な日々を過ごすも、こんどは何事もなく、渡米の日がきた。

 前回と同じくラスベガスへ行く前に、メジャーリーグ観戦を楽しんだ。サンディエゴで「パドレスvsロッキーズ」、フィラデルフィアで「フィリーズvsブレーブス」、ニューヨークで「メッツvsブレーブス」…。

 この時点では、まだボクシングのチケットは手に入ってなかった。チケットブローカーからもう少し待てば安くなるだろうと“助言”を受けていたからである。そこで改めてニューヨークのホテルから連絡を入れてみると、当初の予測と違って、安くなるどころか高騰してしまったとの返事であった。試合の4、5日前だったので、しかたなくそのまま購入した。これだけ払うのだから前回と同様、ナイスファイトを期待しても悪くはないだろう、と無理に思い直すしかなかった。


 ニューヨークから再びフィラデルフィアへ行って「フィリーズvsマーリンズ」戦、ボルティモアで「オリオールズvsブルージェイズ」戦を観た。この時ボルティモアのバスターミナルで日本人のMLBファンの人と一緒になったので、その夜は一緒に観戦した。

 聞けば、何とこの人は全米28チーム(当時)のボールパークをすべて、6ヶ月かけて回ってるとのこだった。ビザなしの観光は最高3ヶ月なので一度帰国し、翌日再渡米したそうだ。上には上がいるもんだ(笑)。

 翌朝、バスでまたニューヨークへ移動して「ヤンキースvsインディアンス」を観戦。そしてラスベガスへ向かうべく、地下鉄と市バスを乗り継いでラ・ガーディア空港へ。チェックインを済ませてゲートまで行き、搭乗し、あとは離陸するだけ、とスムーズに進んでいた。ところが…。

 席に座ってから、待てども待てども飛行機は滑走路へ向かう様子がない。数十分過ぎた頃に機内アナウンスが響いた。少しでも状況をつかもうと、集中して聞いた結果、どうやら経由地のダラス・フォートワース空港周辺がサンダーストームのため、一時的に空港が閉鎖されているということだった。

 どんどんと時間が過ぎていく中、気になり始めるのがダラスからの乗り継ぎ便のことだった。間に合うかどうか、かなり微妙になっていた。焦り始めていた頃、ようやく空港閉鎖が解除され、離陸した。

 しかし、飛行機は経由地のダラスに着かなかった。もちろん、落ちたわけではない。また当地の天候が悪化したので、急きょインディアナポリスへ着陸して回復を待つ、とのことだった。

 もう、乗り継ぎ便に間に合わないことは明らかだった。ダラスに着いた時、隣にいたアメリカ人がカウンターに一緒に行ってくれて、自分の状況を力説してくれた。「彼は今夜のタイソンの試合へ行くんだから、何とかしてやれよ!」と。

 しかし用意されたラスベガス行きのフライトは、午後10時半頃の到着予定。どう考えても、会場に着く頃には試合が終わっている時間だ…。しばらく放心状態だった。他の航空会社のラスベガス行きのフライトとかいろいろ調べてもらったが、どんな便があろうと、時すでに遅しだった。

 時間がきて、放心したまま搭乗口に向かった。そこで初めて気付いたのだが、座席番号が1ケタの若い番号だった。案内された席は、なんとファーストクラス! もちろん初めてのことだ。今にして思えば、高価なタイソン戦のチケットを持っているにもかかわらず、間に合うフライトを用意できなかった航空会社の、できる限りのサービスだったのかもしれない。席に着くなり、スチュワーデスに名前で呼びかけられ、飲み物を出され、次から次へと必要な物はないか聞かれ、えらく戸惑った。やはりエコノミーの方が落ち着けて、自分相応と実感した。

 ラスベガスに到着すると、シャトルバスに乗って「キング8」ホテルに向かった。車中の客同志でタイソン戦の話題が持ち上がっていた。詳しくは聞き取れなかったが、どうやらホリフィールドが勝ったようだった。ある年配の女性はしかめっ面をしていた。

 部屋のTVで放送していたスポーツニュースで具体的な結果を知った。とんでもない内容で驚いた。タイソンがホリフィールドの耳をかみちぎっての反則負けだった。あの年配の女性の表情に耳をかんでいる仕草だったのだとこのとき気付いた。

 今回はこれでもかこれでもかと、不運のオンパレードに見舞われた。シカゴで延期発表を知らされ(怪遊記[6]参照)、いろいろ予約し直してアメリカまで来てみたらこんどは観戦チケットが見通しと違って高騰し、あげくは飛行機の遅れで試合には間に合わず、あとで聞いた試合結果はあの通り…。

 帰りの機中では帰国したくない思いで一杯だった。出社して、みんなに笑われるのがオチだったからだ。でも“これだけおかしな経験ができたんだ、自分の方から笑い飛ばせるようになるくらいじゃないとダメだ”と開き直ろうとしたものだ。

 帰国後スポーツ新聞で読んだ記事が忘れられない。タイソンが耳をかみちぎった時のアゴの力はワニのそれに匹敵するんだと…。


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