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◎高橋ナオトへ
倒し倒され、屈指の名勝負、なあんて今でも熱っぽく語られるマーク堀越戦。 冗談じゃないよ。ありゃ女神が通りかかって、ちょっと足を止めていたずらしたようなもんさ。 君のベストファイトは、今里を連破してその余勢をかって挑んでほしかった幻の世界戦だ。時の王者が強かろうが弱かろうがそんなこたぁどうだっていいんだよ。あの勢いで、一気に世界戦のリングに立ってほしかったんだ。 歯が立たなくて結局ボロ負けだった、なんてことになったっていいんだ。そりゃそれでしゃあない。やらなかったという悔いがこんなに尾を引くなんて思わなかったよ。 あのときそれだけ君が輝いていたってことさ。
◎アーロン・プライアーへ
シュガー・レイ・レナード。 君がいちばん戦いたかった相手だろう? レナードにとっちゃ君なんてリスクを負うだけの相手さ。 君に勝ったところでたいして得るものはない。そんなこたぁ百も承知、けれども試合が叶うなら、たとえノーマネーでも君は喜んでリングに上がっただろう。 プロレスのセレモニーみたいにいきなりレナードに殴りかかったりしたかもね。ウインクで応えるレナードに君は興奮しきった様子で何やらわめきたてたかもしれないね。 観客からはブーイングだけどみんな知らないんだ、君がありがとうと言っているのを。だから君は○○○なんだ。
◎柳明佑へ
愚直、愚直。どこまでいっても愚直。そんなに愚直でよくもまああんなにたくさん防衛できたもんだ。 君をみているとなぜかSincerityという英単語がでてきたもんだ。 誠実って訳すんじゃなくて、ただただSincerity。ひっくり返せばSincerityの訳語は愚直ってことだ。
◎サルバドール・サンチェスへ
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誰だって自分の得意の型で戦おうとするはずなのに、君だけだよ、相手のスタイルに合せて戦い続けたのは。
パンチを打ち込むタイミングを見計らうときにやる、両のグラブをぽんぽんと軽く打ち鳴らす君の仕種、カッコイイと腹から思った。
君の名をあげたゴメス戦。1Rいきなりダウンを奪ってニュートラルコーナーへ行かんとする君、尻餅をついた恰好で驚愕の表情を浮かべるKOキング。
君よりもっと才能豊かなボクサーは日本にだっていくらでもいた。けれどもたいがいが途中で歩みが止まってしまった。
山奥の湧き水がせせらぎになったところで岩場に堰きとめられて流れはいつしか消えてしまった。君はいつか大河になり海にそそいだ。
昔は情報も少なかったからさ、たしか『ワールド・ボクシング』だったと記憶してるんだけど、怎Tンチェス無情のテンコング揩ネんて表紙にあってさ。
えッ、サンチェスが負けた、誰に、どんなふうに? なんてさ、面喰らっちまったよ。あれから20年以上経ったなんて、君のことを想うとき信じられないよ。
つい数年前のことのようさ。
ゴメスを倒してニュートラルコーナーへ行く君の姿を写真で見ると、君はあのときニュートラルコーナーではなくて、みんなの前から足早に去っていったのかもしれないなんて、ついセンチになったりしちまう。やっぱり年かね。
◎無限川坂へ
このボクサーを知る人はどれくらいいるのか。ブキッチョなボクサーだ。だけど忘れられない試合をしやがった。 大和田正春との第3戦、ラバーマッチ。なんでラバーマッチって言うの、教えてくださいジョー小泉さん。 少し酔いました。 噛ませ犬から一転、大和田正春はご存じ浪速のロッキー赤井を倒して、そして無限を破って、あれよあれよって日本チャンプになったのさ。第1戦は10R判定で、第2戦は6RKOで、大和田が連勝した、と覚えている。 細かい記録違いは言いっこなし。とにかく大和田が勝ったんだ。…いや待てよ、第1戦はチャンプの無限がなんとか勝ったんだっけ。あれ? まあいいや、そして迎えた第3戦と思し召せ。同じ轍は踏まぬと無限は立ち上がりから慎重にしかし確実にポイントをあげてゆく。何しろ大和田には一打必倒のパンチがある。 無限は不器用なファイターでフックしか打てない。大和田のような一発で試合を終らせるパンチはない。しつこくパンチを当てての消耗戦が身上だ。 さあ何ラウンドくらいからだったかなあ、3ラウンドだったか4ラウンドだったか、いやな感じがしてきた。 結末があらかじめ用意されているという予感だ。依然、大和田は押されぎみで思うようにパンチが当らない。 たまに当ってもすぐに打ち返される。ボックスしながらジャブからストレートを当てたいんだが、当らない。 ガードをかためて無限がぐいぐい懐に入ってきてフックを連打する。効果は薄いがポイントにはなる。中盤から大和田は明らかに一発狙いに作戦を変えたはずだ。 ポイントアウトされていてもこの右が当れば勝てる、そう己に思い込ませてラウンドを重ねていくが、なかなかいいのが当ってくれない。 迎えた最終10ラウンド。ようよう右が当った。無限のテンプルをしっかり打ち抜いた。ぐらつき後退する無限、追う大和田、左右連打。 ロープを背負い顔面をガードするだけの無限。足許もおぼつかない。と、ふらつく身でいきなり大和田のパンチの雨の中に打ってでる無限。 明らかにポイントは無限がリードしている。たとえダウンしてもKOされなければ無限の勝ちになる。 残り時間はどれくらいあったのかなあ。アナウンサーがそのとき叫んだんだよなあ。無限はどうしてクリンチしないんでしょう。だってさ。 いいなあ、きっとそこそこ名のある学校出てさ、難しい試験をパスしてさあ、晴れて放送の仕事についてさ、先輩アナの指導を受けてさ、ボクシングのマニュアルみたいなもん齧ってさ、そして臨んだテレビの仕事だろうなあ。 打たれたとき疲れたとき回復のために時間を稼ぐクリンチは技術のひとつだから、普通はクリンチでいいんだけどさ。 だけどさ、ここんところはクリンチじゃないんだよな。 ここでクリンチしちまったら、なんていうかなあ、今までのことが、今までってのがいつから今までなのか、そりゃ当人に聞かなけりゃわかんねえけどさ、まあ短くみたとしても初めて大和田とやったときから今までってことにしておくけれどね、その時間の中に身を置いてきたテメエ自身がみーんなウソになっちまう、だから鉄則やぶって打ち合いにいったんだよな、たぶん。 ウソついて勝ちにいくよりも、まずウソをつかないことが先で、それでここまでやっとこさ来たんだから最後の最後でウソつくわけにはいかない、だから抱きつくことを拒否したんだ。 ねえ、そうですよね、と、ご本人に訊いてみたくて仕方がなかった。そして思わく通り、へ、いったい誰の思わくだろ…見事に逆転KO負け。 いやな感じが的中。ストップの瞬間、躍り上がる大和田の脇で呆けたような無限の顔がいまだにちらつくことがあるよ。 なんだか自分とおんなじ人間がいるような気がして急に落ち着かなくなっちまったっけ。ボクサーに我が身を重ね合わせるのはおこがましいんだけどね。
◎ユーリ・アルバチャコフへ
なんたってムアンチャイ戦。タイトルを奪ったということだけじゃなくて、その中身が格段に良かった。 以後、日本のリングであの試合を凌ぐ試合は行われていない、名勝負中の名勝負だ。 どこが名勝負かなんて訊く奴がいたら、ボクシングはおろか、あらゆることをなーんもわかってない奴に決まってる。 なんかオレ、からみはじめてるかなあ。わりィ酒かなあ。 とにかく凄い試合だったなあ。何ラウンドだっけ、え、1ラウンド? 2ラウンド? 3ラウンドかい。1か2じゃなかったかい? 彼、ダウン喰らったろ、結構きついダウンだったよなあ、あれで終ってもおかしくないくらい、いいのもらったよなあ、カウンターだったからなあ。 目の前に星がきらきらしたろうなあ。しかしそのあとだよな、借りたものはきっちり返すってやつだ。ダウン奪われたからダウンをとるつもりでダウンを奪い返したなんざあ、オレ、初めて見たぜ。 勝った負けたの空騒ぎ世界の、はるか高みの世界を垣間見た思いだぜ。やい日本人、もっとスターを大事にしろ。
◎辰吉丈一郎へ
辰ちゃん、惜しいなあ。東京初見参のエアウサンパン戦、あれが辰ちゃんのベストだった。 ンなこと言うと辰ちゃんも辰ちゃんファンも怒るんだろ、わかってるよ、そうムキになりなさんな。 リチャードソン戦のハツラツ、ラバナレス戦の激闘、シリモンコン戦の感動、いろいろあるからね。 薬師寺戦は話題性だけで中身はダメだね、辰ちゃん。いざ勝負って気概がなかったもん。 なんでエアウサンパン戦がベストか? よく聞いてくれたよ。 酔っちゃいない、まだ宵の口だ。あれが、あそこが辰ちゃんの分岐点だったからだ。 わかんねえかなあ。培った才能をさらに伸ばしていくか、ファンを喜ばすボクサーになるか、わかれ道だった。 辰ちゃんはファンをとった。 ハラハラドキドキさせてリングに大勢の人の目を向けさせた。辰ちゃんの一挙手一投足に賛否両論が沸き起こった。 近頃またグローブつけたんだってね。 だけどあの東京ドーム。タイソンが負けて、高橋ナオトが負けて、吉野が勝ったあの東京ドーム。 辰ちゃんこれからどんな風になっていくのか、あんなに愉しみを感じたボクサーはいなかったよ。だからベストだって言ってんだよ。辰ちゃん何を急いだんだろ…。
◎ロベルト・デュランへ
この人のこと、あんまりおおっぴらに言いたくないんだよなあ。好きな人多いだろ。 ウカツに話すとミーハーみたいでさ。だけどオレは、好きは好きでも年季が違うんだぞって、腹ん中で思ってんだよなあ。もう30年だもんなあ。 昔は…え? ああ分ってるよ、年寄の繰り言だよ、ああそうだよ、昔は良かったよ。マスコミがこんなにうるさくなかったからな。想像するっていう愉しみがあったもんね。 金なんてねえから本屋でボクシング雑誌立ち読みするしかなかったからな。海の向こうに怪物がいるらしい、そういう思いに憑りつかれていた時期があったな。イエーッ、青春だね。 この怪物は好く言えば天衣無縫、悪く言えば唯我独尊。だから好きになったんだろうな。 きれいなだけの人、いつも正しい人、そんなのつまんねえ。 自分の中のいやなところと同じものと、自分になくて自分が欲しいと思うこと、この両方を持ち合わせていると思えるような人、それがこの怪物だった。 似たような人はもう一人いて、これはボクサーじゃないけど、え、説教臭いって、ごめんよ、だけどオレにとっちゃこの二人がアイドルだった。 アイドルが二人もいた。あなたがいたから生きていた、みたいな感じだよ。 二人とも浮き沈みはあったけど、おのおのの世界で30年も活躍した。オレは間違ってなかった、見る目があったって、ひそかに威張ったもんさ。世間で言うアイドルって、ありゃ言葉の使い方まちがえてる、売れっ子の藝能人つかまえてアイドル呼ばわりするのは間違い。あれはアイドルじゃなくてオナペットっていうんだ。 アイドルなんてそうそう巡り合えるもんじゃない。 あ、もう一人は誰かっていうと、え、ああ、お説教は、うん、たくさん。うん、そうだな。ごめんよ、いやだね男の酒は。 結局愚痴だもんな。よし、二階に上がろう。この店、二階にベッドが転がってるだろ、な、いいだろ、つきあってくれよ。
『あしたのボクシングNo.1』より抜粋
語り・酔田振男
写真協力・鈴木保志