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■EDITORS report 〜編集取材記〜■

=2005年6月18日(土)=
元日本バンタム級&J.フェザー級チャンピオン
高橋直人・JBスポーツクラブ会長 ランダムインタビュー

= 東京・JBスポーツクラブ =

あの高橋ナオトに会ってきた! 長いことお話しできました!
でも、アップまで2カ月もかかってすんません m(_ _)m

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取材:井上 博雅
[Report & Photo;Hiromasa Inoue The Future of Boxing JAPAN

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その3◆プレイバック現役・Part 1

幻(?)の世界タイトル挑戦

−−現役時代、この選手とやってみたかったって人、いますか?

高橋 マガジンやワールドなんかで畑中さんと、なんてのがファンの声で載ってたりしたけど…おれは畑中さんとけっこう仲よかったんだけど、そういう人とボクシングなんてやりたくなかったです。スパーリングなんかやると仲よくもなるんだけど…杉谷満さんとか飯泉健二さん、福田健吾なんかもそうかな。そういう人とは、ファンの人たちが「観たいカード」にあげてくれても、やる気になれなかったですよね、全然。


1991年9月の引退式で、畑中清詞とスパーリング。レフェリーは阿部幸四郎・アベジム会長(当時)
−−彼らも同じ風に感じてた?

高橋 と思いますよ、畑中さんも「直人とはやりたくないな」って言ってたし。それでもやるんだったら、究極の舞台とファイトマネーがなければやれないと思ってましたよね。

−−当時の世界チャンピオンかそれに近いレベルで、こいつとやったらどうかなとか、こいつだったら勝てるとかは…考えたりしませんでしたか?

高橋 おれはムラが多いんで(苦笑)…でも、当時のどの世界チャンピオンとやっても、3割くらいの確率で勝てたんじゃないかと思ってるんです。森川ジョージ先生とも話すんだけど、「会長の場合は、ムラが多いから、強いときはいいけど、そうじゃない状態のときは全然だから…でも3回挑戦すれば1回くらいは勝てるんじゃないか」って。おれもそんな気がするんだよね(笑)。一発勝負でも、その“強いとき”が3回のうちの1回に当たれば獲れたろうなって。2回に1回だとわかんないけど、3回に1回だったらね。

−−結果的に世界戦には挑めず…

高橋 世界戦はもちろんやりたかったんだけど、やりたくないチャンピオンてのが、実はいたんですよ。で、1回だけ、世界タイトルやるかって話がきたんです。あの阿部幸四郎が(笑)、おれに聞いてきてくれたことがあったんですけど、それがその“やりたくないチャンピオン”で。おれ、断ったんです。

−−そうなんですか!? 誰ですか?

高橋 メキシコのサラゴサです。ダニエル・サラゴサ。でもおれはサウスポーと試合やったことがなかったんで。たまにスパーリングはやっても、すごくやりづらくて。

−−違和感、苦手意識があった?

高橋 すごくありました。やったことなかったから、よけいに苦手だと思い込んじゃったんだろうね。

−−スパーでもけっこうパンチを喰ったんですか?

高橋 喰いましたよ。当時高校生で、ライト級くらいだった山中郁夫ともやったことあるんですけど、めちゃくちゃもらいましたから。あれ〜、あれ〜って。全然感覚がちがうんですよ。

−−足を踏んだり踏まれたりなんてことも?

高橋 そこまでもいかないというか…そんな同レベルで戦うことができなかったんです。慣れなのかなとも思うけど、やっぱりサウスポーはだめだったんじゃないかな。だから、世界戦レベルでサラゴサみたいなのが相手じゃ、違和感あるどころじゃすまないと思ったから。もう自分で決めてました。

−−その話って、いつ頃のことですか?

高橋 サラゴサがジュニアフェザー級のタイトルをとった頃…たしかマーク堀越に勝った頃です。まあとにかく一度、あの阿部幸四郎から、そういう話を聞かされたんです。たった一度だけ。

−−阿部会長も、やってみようかと思ったから、高橋さんに確かめたんでしょうね。

高橋 サラゴサからオファーがあったんでしょうね。

−−オファー自体はもっとあったかもしれないけど、阿部会長が“打診”してきたのはそのとき一回だけ、ですか。

高橋 そうです。ふつう、ぼくが聞くのは、すべて話が決まったあとですから。何月何日、どこの誰とって。それがふつうだと思ってましたけどね。いま、おれが選手やトレーナーに「何月何日、試合組めるけど、どうする?」とか聞いてるんだけど、そんなこと当時は考えられない(笑)。ジムに行って挨拶して、ボードを見上げたら“何月何日、○○対○○”ってもう貼ってあるんだもん。聞かれることなんてありえなかったですから。そのときのサラゴサ以外なかったです。

たった1度のチャンス…しかし相手は唯一避けたかったあの男

高橋 決まったらもちろんやるしかなかったんだけども…当時サラゴサはWBCのチャンピオンで、同じメキシコのファン・ホセ・エストラーダってのがWBAのチャンピオンだったんです。おれはエストラーダとやりたかったんですよ。エストラーダだったら、倒し倒されで、勝つにしても負けるにしてもKOだろうと思ったし、噛み合ったと思うんです。

−−そういう手応えがあった?

高橋 はい。サラゴサだと、それこそつまんない試合をやって、判定で負けるんじゃないかと。

−−(サラゴサ戦のオファーを)断ったのは、即答?

高橋 即答です。とにかくああいうタイプはやりたくないって感覚があったから。たった1回だけ…まさかあの阿部幸四郎が世界戦の話をしてくるなんて思わなかったですよね(苦笑)。

−−ジムに行って会長に呼ばれて…

高橋 そう。で、「お前サラゴサって知ってるか?」って言われて。「はい、もちろん知ってます。世界チャンピオンです」。「オファーが来てるけど、サラゴサと試合したいか?」って。「会長、ぼくはWBAのエストラーダを狙ってるんで」とか言って断ったんです(笑)。実際、WBAのほうがランキングが上だったのもあるし。WBAは2位か3位で、WBCは8位くらいだったかな。「だからぼくはWBAのほうとやりたいです」って。そういうイイ理由があって、会長にもそう言いました。

−−あの当時はまだいまのように衛星放送もなくて、そんなに情報がなかったんですよね。

高橋 いや、そんなことなかったですよ。ジョー(小泉)さんからビデオをもらったか…まあとにかく試合の映像も見て、知ってたんですよ。サウスポーで、タイミングの悪い、アマチュア上がりとは思えないものすごくヘンな技術。

−−全然速くもないし。

高橋 そう。しかも、あの当時ですでにベテランていわれてるくらいで、そろそろ負けるだろみたいに言われてたんです。だからやったらいいんじゃないかともいわれてたんですよ。エストラーダは上り盛りで、サラゴサはもう落ち目だから。ベテランだしトシだし。でもそこからずっと、辰吉を連破するまで続けてたんだから、スゴい男ですよ。

−−辰吉とやるときは、どう感じました?

高橋 悪いけどサラゴサに絶対勝てないと思ってました。辰吉のボクシングはサラゴサと噛み合わないんだもん。あちこちで言いましたよ。「サラゴサとはやっちゃだめ。噛み合うわけないし、辰吉はサラゴサを見てビックリするよ」って。

−−相変わらず“引退間近”って声も聞かれてましたね。

高橋 引退間近だろうがなんだろうが、あのリズムは…。おれや辰吉のような正統派タイプのボクサーは、サラゴサは無理なんです。なんだかんだ言って、辰吉は正統派なんですよ。おれや辰吉みたいなタイプは、あのリズムと噛み合わないんです。相性悪いんです。畑中さんぐらいでしょ、日本で善戦できたのは。ほかはみんなやられてますよね。あれでもサラゴサってオリンピックのメダリストで、ちゃんとした指導のもとに作られたもんなんですよ。

−−何度対戦しても、勝てない?

高橋 何度やっても、おれも辰吉もサラゴサには勝てなかったと思います。これに関しては、さっき言った“3回に1回論”も通じないかな。無理(笑)。そういう相性なんだ。ワンテンポ、ズレてるんです。あれはやりづらい。サラゴサに勝てそうな…噛み合うとしたら、クラスはちがうけど、日本じゃ飯田覚士ぐらいかな。飯田タイプなら噛み合う。

−−サウスポーだから…

高橋 いや、サウスポーだからというよりも、飯田のリズムは違うから。わかるひとはわかるんだけども、飯田のリズムってのも、ちょっと一般のボクサーとちがうんです。

−−階級が合えば…

高橋 はい、飯田だったらいい勝負したと思います。サラゴサと実際戦った中では、畑中さんがいちばん接戦だったよね。大阪の原田ってのともやったけど、日本人はもうみんな…ワンサイドですよ。ほんとに、ナチュラルな、ちがうテンポとリズムなんです。しつこいようだけど、おれや辰吉のようなオーソドックスなボクサーはなかなか対処できないです。

−−いちいちヘンなタイミングでパンチが飛んでくる?

高橋 いちいちズラそうとしてるわけじゃなくて、ふつうにやってズレてるんだから(笑)。まあ、決まった試合は誰でもよかったんだけど・・・。サラゴサでなければだれでもよかった、かな(笑)。

[2005.8.22 記]

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協力;JBスポーツクラブ
special thanks;JB Sports Club



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